1954年のロードレース世界選手権

1954年の
FIMロードレース世界選手権
前年:1953翌年:1955


1954年のロードレース世界選手権は、FIMロードレース世界選手権の第6回大会である。5月にフランスランス・グーで開幕し、スペインモンジュイックで開催される最終戦まで全9戦で争われた。

1954年のロードレース世界選手権

シーズン概要

1954年シーズンは前年同様の全9戦となったが、フランスGPの開催地がルーアンからランス・グーに変更になり、前年コースの安全性を巡ってボイコット騒動が起きたドイツGPはショッテンリンクから一昨年までのソリチュードに戻った。また第3戦アルスターGPの500ccクラスは悪天候のために179kmを走ったところで中断され、レース成立に必要な最低走行距離200kmに満たなかったために選手権ポイントの対象から除外された[1]。各クラスの勢力図は前年からほとんど変化がなく、全クラスで前年と同じメーカーのマシンが、そして250ccから500ccまでの3クラスで前年と同じライダーがチャンピオンとなっている。伝統的にマン島にはワークスとして出場してこなかったジレラは、この年初めてマン島にワークス・チームを送り込んだ[2]

NSUのドルフィン・フェアリング

前年にデビューしたBMWのストリームライナーに端を発し、各メーカーがオートバイの空力に関する試行錯誤を始めたのがこの年である。この流れをリードしたのはファクトリー風洞を持っていたモト・グッツィで、前年の終わりにデビューした新型4気筒マシンはダストビン・フェアリングと呼ばれるカウリングフロントホイールまで包み込まれていた。カウリングを使用することに無関心だったAJSを除くMVアグスタNSUジレラノートンといった他のメーカーもこの流れに追従して様々な形状のカウリングをテストし、NSUのイルカのくちばしが突き出たような形状のカウリングはドルフィン・フェアリングの異名をとった[3]。タイトルを獲得したジレラの500ccマシンは、ダストビン・フェアリングの効果もあって最高速度240km/hに達していた[2]

まだまだレーシングマシンとしてのスタンダードと言えるようなメカニズムは確立されておらず、各社は空力以外でも様々な試みを繰り返していた。モト・グッツィは2レースで4気筒の500ccマシンを走らせたが、やがて単気筒に戻していた[4]ノートンはそのモト・グッツィが350ccで成功していた水平単気筒エンジンを試作したが日の目を見ることはなかった。NSUの単気筒125ccや2気筒250ccは12,000rpm以上の回転数を実現している。その一方でシーズン中に主任設計者を失ったノートンAJS、そしてエースライダーを事故で失ったNSUがこの年限りでワークス活動を中止したが、市販レーサーの開発と販売は翌年以降も継続している[1][2]

この年、ホンダ本田宗一郎が初めてマン島TTに視察に訪れた。この年の3月にマン島に出場して勝利を目指すという「TT宣言」を発表した本田だったが、本場のグランプリやGPマシン、中でもこの頃小排気量クラスで圧倒的な強さを誇っていたNSUチームにショックを受け、日本では手に入らないヨーロッパ製の最新パーツを山ほど日本に持ち帰った[5]。ホンダが今度はヨーロッパのメーカーのライバルとしてマン島に戻ってくるのは、この時から5年後の1959年のことである。

500ccクラス

500ccクラスは前年に引き続いてジレラジェフ・デュークが席巻した。第4戦のベルギーがシーズン初優勝となったデュークだが、そこから5連勝を飾って第7戦のスイスGPで2年連続となる最高峰クラスのタイトルを手中にした[6]。デュークの500ccクラスタイトル獲得は3度目であり、同一クラスで3度チャンピオンになった最初のライダーとなった[1]。有効ポイント制が採用されていたこの頃は高ポイントを獲得したチームが終盤のレースを欠場するということは日常的に行われており、早々にタイトルを決めたジレラとデュークが欠場した最終戦のスペインではディッキー・デイルが乗るMVアグスタが今シーズン唯一の500ccクラス勝利を挙げている[1]

350ccクラス

緒戦のフランスでは地元のピエール・モネレがフランス人初のグランプリ優勝を飾り、第2戦マン島TTではロッド・コールマンがAJSにとってのグランプリ最後の勝利を記録した[1]。前年チャンピオンのファーガス・アンダーソンモト・グッツィがシーズン初勝利を飾ったのは第5戦のダッチTTだったが、シーズン後半だけで4勝を挙げたアンダーソンはこのクラスの2年連続タイトルを決めた[7]

250ccクラス

前年同様に小排気量クラスを支配したNSUだったが、特に250ccクラスではランキング上位6人のうちNSUに乗るライダーが5人を占めるという圧倒的な強さを見せた。特に前年のチャンピオンのヴェルナー・ハースは、開幕戦のフランスで162.59km/hという250ccとしては初めてとなる100mph(約161km/h)以上の平均速度で優勝するとそのまま好調さを維持して連勝を続け、4連勝目となった第4戦ダッチTTで早くもタイトル防衛を決めた[1][8]。そしてタイトルが決定したにもかかわらず次戦の地元ドイツGPに出場したハースはここでも優勝し、このクラスでは初となる開幕からの5連勝を達成した[1]。さらに連勝記録を伸ばすべくスイスGPに出場したハースは、しかし1周目で転倒を演じて連勝はストップ、NSUのチームメイトであるルパート・ホラースがこのクラスでは唯一となる勝利を飾った[1]。ホラースにとっては、この勝利が生涯最後のグランプリ優勝となってしまった。

125ccクラス

NSUのチャンピオンマシン

250ccクラス同様、このクラスもNSUがシーズンを支配した。ただし、シーズンをリードしたライダーはディフェンディングチャンピオンのヴェルナー・ハースではなく、前年デビューしたばかりのルパート・ホラースだった。ホラースは125ccクラスの開幕戦となったマン島でグランプリ初優勝を飾るとそのままの勢いで4連勝、第4戦のドイツGPでタイトルを決めた[9]。しかし、第5戦イタリアGPの予選中のクラッシュで頭蓋骨骨折の重傷を負ったホラースは、手術の甲斐もなく帰らぬ人となった。モーターサイクルレースにおいて、死後にワールドチャンピオンとなったのはホラースのみである(2010年現在)[10]。ホラースへの追悼の意を表し、NSUはグランプリにおけるワークス活動から撤退した[1]

グランプリ

Rd.決勝日GPサーキット125ccクラス優勝250ccクラス優勝350ccクラス優勝500ccクラス優勝レポート
15月30日 フランスGPランス・グーNo Race W.ハース P.モネレ P.モネレ詳細
26月18日 マン島TTマン島 R.ホラース W.ハース R.コールマン R.アム詳細
36月27日 アルスターGPダンドロッド R.ホラース W.ハース R.アム R.アム (※)詳細
47月4日 ベルギーGPスパNo RaceNo Race K.カバナ G.デューク詳細
57月10日 オランダGP(ダッチTT)アッセン R.ホラース W.ハース F.アンダーソン G.デューク詳細
67月25日 ドイツGPソリチュード R.ホラース W.ハース R.アム G.デューク詳細
78月22日 スイスGPブレムガルテンNo Race R.ホラース F.アンダーソン G.デューク詳細
89月12日 イタリアGPモンツァ G.サラ A.ウィラー F.アンダーソン G.デューク詳細
910月3日 スペインGPモンジュイック T.プロヴィーニNo Race F.アンダーソン D.デイル詳細

(※) アルスターGP500ccクラスは悪天候による短縮のため走行距離が規定に満たず、ポイント対象外となった。

最終成績

ポイントシステム
順位123456
ポイント864321
  • 350・500ccクラスは上位入賞した5戦分の、125・250ccクラスは4戦分のポイントが有効とされた。
  • 凡例

500ccクラス順位

順位ライダーマシンFRA
IOM
BEL
NED
GER
SUI
ITA
SPA
有効ポイント合計ポイント勝利数
1 ジェフ・デュークジレラ-211111-40465
2 レイ・アムノートン-1--22--201
3 ケン・カバナモト・グッツィ--2-4-62160
4 ディッキー・デイルMVアグスタ---5--41131
5 レグ・アームストロングジレラ-4--335-130
6 ピエール・モネレジレラ1-------81
7 ファーガス・アンダーソンモト・グッツィ---25---80
8 カルロ・バンディローラMVアグスタ---3--3-80
9 ジャック・ブレットノートン-3--64--80
10 アルフレッド・ミラーニジレラ2-------60
10 ウンベルト・マセッティジレラ------2-60
12 ロッド・コールマンAJS---4-5--50
13 ジャック・コローノートン3-------40
13 レオン・マルタンジレラ--3-----40
13 ネッロ・パガーニMVアグスタ-------340
16 ボブ・マッキンタイヤAJS--46----40
17 ルイジ・タベリノートン4-------30
17 トミー・ウッドノートン-------430
19 ボブ・マシューズノートン5-------20
19 ルディ・アリソンノートン-5------20
19 キース・キャンベルノートン--5-----20
19 アウグステ・ゴフィンノートン-------520
23 シリル・ジュリアンノートン6-------10
23 ゴードン・ライングノートン-6------10
23 ピーター・マーフィーマチレス--6-----10
23 デレク・ファランAJS-----6--10
23 ハロルド・クラークノートン-------610

350ccクラス順位

順位ライダーマシンFRA
IOM
ULS
BEL
NED
GER
SUI
ITA
SPA
有効ポイント合計ポイント勝利数
1 ファーガス・アンダーソンモト・グッツィ---21-111384
2 レイ・アムノートン--1--135-222
3 ロッド・コールマンAJS-1--325--201
4 ケン・カバナモト・グッツィ---1--23-181
5 エンリコ・ロレンツェッティモト・グッツィ---42--2-150
6 ジャック・ブレットノートン--2--346-140
7 ドゥリオ・アゴスチーニモト・グッツィ-------4290
8 ボブ・マッキンタイヤAJS--364-6--90
9 レオ・シンプソンAJS-455-5---90
10 ピエール・モネレAJS1--------81
11 アウグステ・ゴフィンノートン2-------470
12 デレク・ファランAJS-2-------60
13 ボブ・マシューズベロセット3-------560
14 ボブ・キーラーノートン-3-------40
14 ジークフリート・ヴンシェDKW---3-----40
14 ジョニー・グレースノートン--------340
17 ゲオルグ・ブラウンNSU--4--6---40
17 モーリス・クインシーノートン--6--4---40
19 ジャック・コローノートン4--------30
20 クリス・ストアモントBSA5--------20
20 ピーター・デイビーノートン-5-------20
20 カール・ホフマンDKW----5----20
23 フィルマン・ダウノートン6--------10
23 ジョン・クラークAJS-6-------10
23 アラーノ・モンタナリモト・グッツィ----6----10

250ccクラス順位

順位ライダーマシンFRA
IOM
ULS
NED
GER
SUI
ITA
有効ポイント合計ポイント勝利数
1 ヴェルナー・ハースNSU11111--32405
2 ルパート・ホラースNSU32-221-26301
3 ヘルマン・パウル・ミューラーNSU24-533-17190
4 アーサー・ウィラーモト・グッツィ--464-1151
5 ハンス・バルティスバーガーNSU4623---140
6 ゲオルグ・ブラウンNSU-----2-60
6 ロモロ・フェリモト・グッツィ------260
8 ロベルト・コロンボモト・グッツィ-----5450
9 レグ・アームストロングNSU-3-----40
9 ヘルムート・ハルマイヤーアドラー--3----40
9 カート・ノッフNSU------340
12 トミー・ウッドモト・グッツィ5-----540
13 ケン・カバナモト・グッツィ---4---30
13 ルイジ・タベリモト・グッツィ-----4-30
15 ファーガス・アンダーソンモト・グッツィ-5-----20
15 ジョン・ホーンラッジ--5----20
15 ワルター・レイヒャルトNSU----5--20
18 ワルター・フォーゲルアドラー----66-20
19 ランフランコ・バビエラモト・グッツィ6------10
19 ボブ・ギーソンREG--6----10
19 アンジェロ・マレリモト・グッツィ------610

125ccクラス順位

順位ライダーマシンIOM
ULS
NED
GER
ITA
SPA
有効ポイント合計ポイント勝利数
1 ルパート・ホラースNSU1111--324
2 カルロ・ウビアリMVアグスタ2-333-180
3 ヘルマン・パウル・ミューラーNSU-224--150
4 タルクィニオ・プロヴィーニモンディアル----21141
5 ヴェルナー・ハースNSU-452--110
6 ハンス・バルティスバーガーNSU434---100
7 グイド・サラMVアグスタ----1-81
8 セシル・サンドフォードMVアグスタ35-5--80
9 ロベルト・コロンボMVアグスタ-----260
10 アントニオ・エリサルデモンテッサ-----340
11 マッシモ・ジェネヴィーニMVアグスタ----4-30
11 ファン・ベルトランモンテッサ-----430
13 アイヴォー・ロイドMVアグスタ5-----20
13 フランコ・ベルトーニMVアグスタ----5-20
13 アルトゥーロ・パージェスルーベ-----520
16 カール・ロッテMVアグスタ--66--20
17 ブライアン・パースロウMVアグスタ6-----10
17 アンジェロ・コペタMVアグスタ-6----10
17 ヴィリ・シャイトハウアーMVアグスタ----6-10
17 ガブリエル・コルサンMVアグスタ-----610

脚注

参考文献

  • ジュリアン・ライダー / マーティン・レインズ『二輪グランプリ60年史』(2010年、スタジオ・タック・クリエイティブ)ISBN 978-4-88393-395-2
  • ケビン・キャメロン『THE GRAND PRIX MOTORCYCLE』(2010年、ウィック・ビジュアル・ビューロウ)ISBN 978-4-900843-57-8
  • マイケル・スコット『The 500cc World Champion』(2007年、ウィック・ビジュアル・ビューロウ)ISBN 978-4-900843-53-0