金田和之
金田 和之(かねだ かずゆき、1990年9月18日 - )は、鹿児島県曽於郡財部町(現・曽於市)出身の元プロ野球選手(投手)。右投右打。
オリックス時代 (2018年4月20日 タマホームスタジアム筑後にて) | |
基本情報 | |
---|---|
国籍 | 日本 |
出身地 | 鹿児島県曽於郡財部町(現・曽於市) |
生年月日 | 1990年9月18日(33歳) |
身長 体重 | 184 cm 86 kg |
選手情報 | |
投球・打席 | 右投右打 |
ポジション | 投手 |
プロ入り | 2012年 ドラフト5位 |
初出場 | 2014年3月28日 |
最終出場 | 2021年5月29日 |
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度) | |
| |
この表について |
経歴
プロ入り前
中﨑雄太・翔太兄弟の生家に近い実家で出生した後に、財部小学校3年時から、財部サンデーズで野球を始める。財部中学校時代には軟式野球部に所属した。卒業後に進学した宮崎県立都城商業高等学校では、2年の冬から肘を怪我しており[1]、春夏とも阪神甲子園球場の全国大会に出場できなかった。インタビューで「高3の夏」について訊かれたときには「僕の世代の宮崎はすごかったんです。元ヤクルトの赤川(赤川克紀)、元西武の中崎(中﨑雄太)、元ソフトバンクの有馬(有馬翔)と3人も高卒でプロ入りして、2人はドラフト1位。僕は夏が終わってしばらく投げていなかったら、肘が良くなってきた。」と答えている[1]。
大阪学院大学経済学部へ進学し、同校の硬式野球部へ所属[2]。同部が加盟する関西六大学野球のリーグ戦では、2年時の春季に初登板を果たすと、3年時の春季から4年時の春季まで3期連続で5勝を記録。3年時の春季には、最優秀投手賞を受賞[2]。3年時の秋季と4年時の春季には、ベストナインに選ばれた[2]。4年時には、春季から秋季にわたって6試合連続完封を記録した[3]。4年次の秋季リーグ中に肩を痛めたため、終盤の優勝決定戦などには登板できなかった[4][5]が、在学中にはリーグ戦通算で32試合に登板。18勝6敗、防御率1.48という成績を残した。
2012年10月25日に行われたドラフト会議で、阪神タイガースから5位指名[2]を受け、契約金4000万円、年俸720万円(金額は推定)という条件で入団した。背番号は48。この年の3月には、同球団二軍との練習試合に登板。5回を投げて1失点(自責点0)という結果を残していた[3]。
阪神時代
2013年は、前年に痛めた右肩のリハビリと並行させながら、春季キャンプ前の新人合同自主トレーニングからスローペースで調整[6]。その影響で、公式戦の開幕を二軍で迎えた。7月19日のフレッシュオールスターゲーム(秋田こまちスタジアム)では、ウエスタン・リーグ選抜の3番手投手として4回表に登板。1イニングを三者凡退に抑えた[7]。8月15日に入団後初の出場選手登録を果たしたが、一軍公式戦への登板機会がないまま、2日後の17日に登録を抹消。白仁田寛和が先発する予定だった9月3日の対福岡ソフトバンクホークス戦(阪神甲子園球場)では、一軍へ合流した白仁田に代わって、急遽先発を任された。一軍の対横浜DeNAベイスターズ戦(横浜スタジアム)に先発予定だったジェイソン・スタンリッジの故障で、白仁田を急遽同カードの先発に起用したことによる措置だった[8]が、試合自体は2回裏に降雨ノーゲームで終了した[8]。ウエスタン・リーグ公式戦には17試合に登板、1勝4敗、防御率3.68という成績を残した。
2014年は、入団後初めての開幕一軍入りを果たすと、3月28日に読売ジャイアンツ(巨人)との開幕戦(東京ドーム)7回表に一軍デビュー[9]。6月17日の対北海道日本ハムファイターズ戦(甲子園)では、12回表に6番手で登板し打者1人を抑えると、その裏にマット・マートンのサヨナラ安打でチームが勝利したため、一軍での初勝利を挙げた[10]。7月22日の対巨人戦(甲子園)でも、同点で迎えた延長12回表一死一塁の場面で登板。1球で井端弘和を併殺打に仕留め、その裏に阪神がサヨナラ勝利を収めたことから、NPB一軍公式戦史上36人目の1球勝利を記録した[11]。一軍公式戦で初めて先発のマウンドを任された8月21日の対中日ドラゴンズ戦(京セラドーム大阪)では、5回を投げて4被安打2失点という内容ながら、シーズンの4勝目を記録。試合後には、ヒーローインタビューを初めて受けた[12]。一軍公式戦全体では、中継ぎを中心に40試合へ登板。5勝1敗、防御率3.61という成績を残した。
2015年は、前年の活躍を背景に、一軍の先発要員として期待された[13]。レギュラーシーズンの序盤には、一軍公式戦8試合に登板。しかし、防御率が5.19に達するほど振るわず、5月4日に出場選手登録を抹消された[14]。結局、一軍公式戦全体でも、10試合の登板にとどまった。
2016年は、開幕直後の3月31日にシーズン初の出場選手登録。4月9日の対広島東洋カープ戦(甲子園)で一軍公式戦3試合目の登板を果たしたが、対戦した打者3人にいずれも四球を出したあげく、一死も取れないまま降板を命じられた。この年に一軍監督へ就任したばかりの金本知憲は、金田の降板後に、「淡々と投げてベンチでも淡々と座っているので、どういう気持ちで何を考えているのかさっぱり分からない。伝わってくるものが何もない」と評した。翌10日に登録を抹消される[15]と、8月下旬まで二軍での調整を余儀なくされた。その一方で、9月30日の対巨人戦(甲子園)では、1点ビハインドの9回表に5番手で登板。鳥谷敬の失策から招いた一死二塁のピンチを無失点で凌ぐと、その裏に味方打線の4連打でチームがサヨナラ勝利を収めたため、一軍公式戦としてはこの年唯一の勝利を挙げた[16]。しかし、一軍公式戦での登板は6試合にとどまった。
オリックス時代
2016年12月16日、糸井嘉男が国内FA権の行使によってオリックス・バファローズから阪神へ移籍したことに伴う、NPBの規約で阪神からオリックスへの人的補償として、オリックスへ移籍することが発表された[17]。背番号は58[18]。
2017年は、西勇輝が先発した8月22日の対北海道日本ハムファイターズ戦(ほっともっとフィールド神戸)で、1回表一死に松本剛の放ったライナーが西の左手首を直撃したことを受けて、2回表から急遽登板。そのまま3イニングを投げた末に、パシフィック・リーグ公式戦初勝利を挙げた[19]。同年は一軍公式戦34試合に登板。防御率は4.15ながら、4勝1敗2ホールドを記録した。
2018年は、一軍公式戦10試合に登板。しかし、阪神時代の2013年以来5年ぶりに未勝利に終わり、防御率も7.30と振るわなかった。
2019年・2020年シーズンは共に6試合の登板に留まった。
2021年は9試合の登板で防御率4.35という成績で[20]、11月3日に球団から戦力外通告を受けた[21]。
オリックス退団後
2021年12月8日にメットライフドームで行われた12球団合同トライアウトに参加し、打者3人に対し1奪三振を記録し、球速は最速147km/hを記録した[22]。12月28日に社会人野球の三菱重工West硬式野球部への加入が発表された[23]。
2023年11月26日、同年シーズンをもって現役引退することが報道された。引退後は地元・鹿児島に戻る予定[24]。
選手としての特徴・人物
打者の手許で微妙に変化する最速153km/hのストレート[25][9]と、岩隈久志に似た投球フォームが持ち味。金田自身も、岩隈の投球フォームを参考にしていることを認めている[6]。ただし、オリックス移籍後の2018年からは、従来の投球フォームから右腕を下げることを試みている[26]。変化球はスライダー、フォーク、カットボール、カーブを投げる[27]。
愛称は「かねやん」[28]。
詳細情報
年度別投手成績
年 度 | 球 団 | 登 板 | 先 発 | 完 投 | 完 封 | 無 四 球 | 勝 利 | 敗 戦 | セ 丨 ブ | ホ 丨 ル ド | 勝 率 | 打 者 | 投 球 回 | 被 安 打 | 被 本 塁 打 | 与 四 球 | 敬 遠 | 与 死 球 | 奪 三 振 | 暴 投 | ボ 丨 ク | 失 点 | 自 責 点 | 防 御 率 | W H I P |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2014 | 阪神 | 40 | 2 | 0 | 0 | 0 | 5 | 1 | 0 | 0 | .833 | 264 | 62.1 | 65 | 6 | 20 | 1 | 0 | 41 | 6 | 0 | 27 | 25 | 3.61 | 1.36 |
2015 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 53 | 9.2 | 19 | 1 | 6 | 0 | 0 | 8 | 0 | 0 | 11 | 8 | 7.45 | 2.59 | |
2016 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 29 | 6.0 | 6 | 0 | 4 | 0 | 0 | 1 | 1 | 0 | 4 | 4 | 6.00 | 1.67 | |
2017 | オリックス | 34 | 0 | 0 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 2 | .800 | 170 | 39.0 | 42 | 3 | 10 | 0 | 1 | 34 | 1 | 0 | 19 | 18 | 4.15 | 1.33 |
2018 | 10 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 65 | 12.1 | 20 | 2 | 8 | 0 | 1 | 14 | 2 | 0 | 10 | 10 | 7.30 | 2.27 | |
2019 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | 36 | 7.1 | 12 | 0 | 3 | 0 | 0 | 4 | 1 | 0 | 4 | 4 | 4.91 | 2.05 | |
2020 | 6 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 39 | 8.1 | 10 | 1 | 7 | 0 | 0 | 7 | 0 | 0 | 6 | 6 | 6.48 | 2.04 | |
2021 | 9 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | 0 | ---- | 45 | 10.1 | 8 | 3 | 5 | 0 | 2 | 6 | 0 | 0 | 5 | 5 | 4.35 | 1.26 | |
通算:8年 | 121 | 2 | 0 | 0 | 0 | 12 | 2 | 0 | 2 | .857 | 701 | 155.1 | 182 | 16 | 63 | 1 | 4 | 115 | 11 | 0 | 86 | 80 | 4.64 | 1.58 |
年度別守備成績
年 度 | 球 団 | 投手 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
試 合 | 刺 殺 | 補 殺 | 失 策 | 併 殺 | 守 備 率 | ||
2014 | 阪神 | 40 | 5 | 13 | 1 | 3 | .947 |
2015 | 10 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | |
2016 | 6 | 2 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |
2017 | オリックス | 34 | 3 | 7 | 1 | 0 | .909 |
2018 | 10 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | |
2019 | 6 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |
2020 | 6 | 1 | 3 | 0 | 0 | 1.000 | |
2021 | 9 | 1 | 0 | 0 | 0 | 1.000 | |
通算 | 121 | 15 | 29 | 2 | 3 | .957 |
記録
- 初記録
- 投手記録
- 初登板:2014年3月28日、対読売ジャイアンツ1回戦(東京ドーム)、7回裏に3番手で登板、1回無失点[9]
- 初奪三振:2014年3月30日、対読売ジャイアンツ3回戦(東京ドーム)、4回裏に片岡治大から空振り三振
- 初勝利:2014年6月17日、対北海道日本ハムファイターズ3回戦(阪神甲子園球場)、12回表二死に6番手で救援登板、1/3回無失点[10]
- 初先発登板・初先発勝利:2014年8月21日、対中日ドラゴンズ17回戦(京セラドーム大阪)、5回4被安打2失点
- 初ホールド:2017年7月2日、対埼玉西武ライオンズ11回戦(メットライフドーム)、6回裏に2番手で救援登板、1回無失点
- 打撃記録
- 初打席・初安打:2014年8月21日、対中日ドラゴンズ17回戦(京セラドーム大阪)、2回裏にダニエル・カブレラから中前安打
- その他の記録
- 1球勝利:2014年7月22日、対読売ジャイアンツ14回戦(阪神甲子園球場)、12回表に6番手で救援登板・完了、井端弘和に併殺打
背番号
- 48(2013年 - 2016年)
- 58(2017年 - 2021年)
登場曲
- 「Don't Wake Me Up」クリス・ブラウン(2013年 - )
脚注
関連項目
外部リンク
- 個人年度別成績 金田和之 - NPB.jp 日本野球機構
- 選手の各国通算成績 Baseball-Reference (Japan)、The Baseball Cube