田村亮 (俳優)

日本の俳優 (1946-)

田村 亮(たむら りょう、1946年5月24日 - )[1]は、日本俳優。本名:田村 幸照(たむら ゆきてる)[1]京都府京都市右京区太秦出身[2]。YST所属。阪東妻三郎の四男。男4兄弟の末っ子で、唯一の戦後生まれである。成城学園中学校~成城学園高等学校成城大学経済学部卒業[1]。兄弟には俳優の田村高廣(長男)、俳優・田村正和(三男)がおり、田村三兄弟それぞれで息長く活躍してきた[注釈 1]。異母弟に俳優の水上保広。既婚者で息子は俳優の田村幸士

たむら りょう
田村 亮
本名田村 幸照
生年月日 (1946-05-24) 1946年5月24日(78歳)
出生地日本の旗 日本京都市右京区新若宮町
血液型A型
職業俳優
ジャンル映画テレビドラマ
活動期間1966年 -
配偶者あり
著名な家族阪東妻三郎(父)
田村高廣(長兄)
田村俊磨(次兄)
田村正和(三兄)
田村幸士(息子)
主な作品
テレビドラマ
あんたがたどこさ
江戸を斬るIII
勝海舟
暴れん坊将軍VIII
葵 徳川三代
狩矢父娘シリーズ
映画
無常
どてらい男
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略歴・人物

1953年、京都市立嵯峨小学校1年生7歳のとき父を亡くす[2][3]。一家は京都を引き払い[2]、東京世田谷へ移住[2]世田谷区立明正小学校に転校する[2]成城学園高校時代にはバスケットボール部に所属し、インターハイにも出場した[4]英語が好きで貿易関係に仕事に就いて、世界各国を回りたい等の夢があり、役者になりたくはなかった[2]1965年成城学園高等学校3年生の時に、阪妻13回忌企画『破れ太鼓』につきあいのつもりで出演したが[2][5]、これを映画関係者が見逃す筈もなく[2]、映画会社の獲得合戦が激しくなった[2]稲垣浩監督から「101本記念の映画を撮るので出演しないか」と声をかけられ[2]、断れる相手ではなく「やらせてもらいます」と返事をせざるを得なかった[2]。稲垣監督の映画『暴れ豪右衛門』にて映画デビュー[1]。ただ、最初は大学卒業後はサラリーマンとして就職するつもりでいたので、本名のままで出演したら就職試験を受ける上で「何かとまずい」と思ったことから、『暴れ豪右衛門』の稲垣監督に芸名を付けることを願い出た。この芸名には「嘘をつかない正直な男」という意味が込められているという[2][6]。役者になることになかなか踏ん切りがつかず、大学卒業後の1969年に俳優小劇場養成所へ入所[1]。一年通って踏ん切りがつき、養成所卒業と同時に[2]東宝と専属契約をした[2][7]

1970年に主演作品『無常』がスイスのロカルノ国際映画祭でグランプリ(ゴールデンジャガー賞)を受賞するなど日の目を見た[8]1974年に前年の作品『狼無頼控』で京都市民映画祭テレビ部門男優賞、1978年舞台、『東宝二月特別公演 阪妻を偲ぶ』では父妻三郎の代表作である『雄呂血』(正和とダブル主演)[8]と『無法松の一生』(高廣主演)にそれぞれ出演した。1980年には日本民間放送連盟賞 優秀賞大賞を受賞[注釈 2][1]

1984年、田村3兄弟が共演して話題となった『乾いて候』では大岡忠相を演じ、その後『暴れん坊将軍』でも2代目・大岡忠相を演じた。兄らとは異なり、いわゆる「2時間ドラマ」に多くキャスティングされており、1986年頃からは山村美紗原作番組にほぼ毎年出演している[注釈 3]他、年に数度の舞台にも出演している。

エピソード

  • 日本テレビ系列が80年代中盤以降、恒例としていた年末時代劇スペシャルで兄の正和が主演した『勝海舟』では当初山岡鉄舟役としてキャスティングされ、すでに自身のシーンを撮り終えていた。だが正和が体調不良で途中降板、このため正和の代役として勝海舟を演じた[9]。すでに自身のシーンを撮り終えてていたため、役が変わり残念であったと語っている。また勝を演じるにあたり、兄正和からは現代劇と思う様にアドバイスを受けた[9][注釈 4]。幕末の動乱期における咸臨丸での渡米や弟子坂本龍馬との交流、幕政の混乱で罷免と抜擢とを繰り返した前半の青年期と、晩年期に徳川慶喜の復権に尽力するエピローグを兄の正和が演じ、大政奉還江戸無血開城を経て明治維新後の新政府参加、旧幕臣への生活援助、西南戦争で逆賊となった西郷隆盛の名誉回復に尽力するといった壮年期から老年期にかけてを弟の亮が演じるという異例のW主演となった。
  • ロンドンブーツ1号2号田村亮とは同姓同名であるが、自宅も近く面識がある[注釈 5]。また、田村が女性との交際を週刊誌で報じられた際には、恩師が本人のことと勘違いして電話をかけてきたというエピソードもある。しかし田村亮は芸名であるため、実際には同姓同名ではない。
  • 京都を訪れた際は三兄・正和同様、必ず父・阪東妻三郎、長兄・高廣の眠る二尊院を訪れる[10]
  • 父・阪東妻三郎については「ぼくには、ウマになってよく遊んでくれました。そう布団の中でオナラをかがされたこともありました[11]」とのエピソードを話していた。

出演

映画

テレビドラマ

テレビアニメ

その他

舞台

CM

脚注

注釈

出典

参考文献

  • 『東宝特撮映画全史』監修 田中友幸東宝出版事業室、1983年12月10日。ISBN 4-924609-00-5 

外部リンク