満寿美町

大阪府池田市にある町名
日本 > 大阪府 > 池田市 > 満寿美町

満寿美町(ますみちょう)は、大阪府池田市にある地名である[1][2]。丁番をもたない単独町名である。郵便番号は563-0041[3]。当地域の人口は、2017年12月末時点で 2,254 人である(池田市市民生活部総合窓口課の資料による)[2]

満寿美町
安藤百福発明記念館 大阪池田
満寿美町の位置(大阪府内)
満寿美町
満寿美町
満寿美町の位置
北緯34度49分5.4秒 東経135度25分36.9秒 / 北緯34.818167度 東経135.426917度 / 34.818167; 135.426917
日本の旗 日本
都道府県 大阪府
市町村 池田市
面積
 • 合計0.163 km2
人口
(2017年)
 • 合計2,254人
 • 密度14,000人/km2
郵便番号
563-0041

地理

池田市の中部に位置する[4][5]。北は城南二丁目、栄町菅原町と、東は宇保町と、南は神田一丁目と、西は呉服町とそれぞれ隣接している[4][6]。当地域は、池田市立呉服小学校および池田市立池田中学校の校区に含まれる[7]

当地域のすぐ北側には、阪急電鉄宝塚本線池田駅がある[8][4]。当地域の中央部を、池田南第41号線と池田南第60号線が南北に通っている[8][4]。市道猪名川満寿美線(満寿美猪名川線)より北側には商業地域が広がっており、南側には住宅地域が広がっている[6][9]

地価

閑静な邸宅地として知られる池田市の中でも中心的な位置にあり、住宅地の地価は2024年令和6年)1月1日の公示地価によれば満寿美町7-4の地点で36万5,000円/m2となっている。[10]

歴史

江戸時代、酒造業を営む井関左言が染殿井(そめどのい)の碑を建造する[11][12]。1918年(大正7年)、宇保町生まれの企業家、北田栄太郎が経営する池田土地株式会社によって、当時の呉服町の東部の宅地が開発され、住宅地が建設、販売された。これが満寿美住宅地であり、販売される際に「満寿美」という名称が付けられたとされる[13][14][15]高級住宅地として分譲され、大阪市富裕層の移住が多かった。1944年(昭和19年)4月、町名変更が行われ、呉服東および宇保町が満寿美町に変更される[16][17]

1966年(昭和41年)4月1日、学校法人カトリック聖マリア学園 カトリック聖マリア幼稚園が創立される[18]。同年12月1日、満寿美町の全域および宇保町の一部が、満寿美町に変更される[19]。1995年(平成7年)11月17日、ダイエー池田駅前店の新館(東館)が開設される[20][21][22]。1999年(平成11年)11月21日、インスタントラーメン発明記念館(現在の安藤百福発明記念館 大阪池田)が開館される[23]。2005年(平成17年)3月1日、介護付有料老人ホーム「メルシーますみ」が開設される[24]。2006年(平成18年)8月、「旬鮮の房 はたごや 阪急池田駅前店」が開店される[25][26]。2008年(平成20年)11月、「麺翁 百福亭」が閉店される[27]。同年12月18日、博多一風堂の池田店が開設される[27]。2013年(平成25年)7月19日、池田市観光案内所が開設される[28]。2015年(平成27年)12月、サービス付き高齢者向け住宅「池田ナーシングホームさくら」が開設される[29]。2020年(令和2年)12月、権太呂すし 池田店が閉店される[30]。2021年(令和3年)4月23日、たこ焼き店「蛸すけ」池田駅前店が開店される[31]。同年10月31日、100円ショップ ル・プリュ 池田駅前店が閉店される[32]

施設

脚注

参考文献

  • 『都市地図 大阪府 池田市』昭文社、2015年2月。ISBN 978-4-398-97735-9 
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 (編)『角川日本地名大辞典 27 大阪府』角川書店、1983年10月。ISBN 978-4-04-001270-4 
  • 室田卓雄『池田歴史散歩 地名と文化財』いけだ市民文化振興財団、1999年8月。 
  • 池田市史編纂委員会(編集)『新修 池田市史 第3巻 近代編』池田市、2009年3月31日。 
  • 池田市史編纂委員会(編集)『新修 池田市史 第4巻 現代編』池田市、2011年3月31日。