林羿豪

台湾の野球選手

林 羿豪(リン・イーハオ、1991年1月2日 - )は、台湾中華民国)の新竹県出身の元プロ野球選手投手)。右投右打。

林 羿豪
Lin Yi-Hao
義大ライノズ時代
(2014年11月9日)
基本情報
国籍中華民国の旗 中華民国台湾
出身地新竹市
生年月日 (1991-01-02) 1991年1月2日(33歳)
身長
体重
188 cm
101 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション投手
プロ入り2006年
初出場NPB / 2010年8月7日
CPBL / 2014年3月23日
最終出場NPB / 2010年8月31日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チームチャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ
WBC2013年
林 羿豪
各種表記
繁体字林 羿豪
拼音Lín Yìháo
注音符号ㄌㄧㄣˊㄧˋㄏㄠˊ
和名表記:りん げいごう
発音転記:リン・イーハオ
英語名Lin Yi-Hao
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獲得メダル
男子 野球
チャイニーズタイペイの旗 チャイニーズタイペイ
アジア競技大会
2010

経歴

プロ入り前

15歳で最速149km/hを投げるなど注目を浴び、MLB複数球団との競合の末、2006年9月に育成選手として読売ジャイアンツが獲得した[1]

巨人時代

2008年イースタン・リーグで初登板し、教育リーグで最速157km/hを計測。12月にはWBCチャイニーズタイペイ代表1次合宿に参加した[2]

2009年は二軍で5試合に登板。契約3年目が経過したため10月30日に自由契約公示されたが、同11月12日に再契約した[3]

2010年は二軍で先発投手としても登板し、5月にイースタンリーグで初勝利を挙げた。7月31日に支配下登録され、背番号は「96」に決定。8月7日の対広島東洋カープ戦で一軍での初登板を果たした。

オフの11月に開催された広州アジア競技大会の野球チャイニーズタイペイ代表に選出された。同大会では準優勝を果たした。

読売ジャイアンツ時代
(2011年8月13日)

2011年は二軍でクローザーとして起用され、52試合に登板し16セーブ(いずれもリーグ最多)を挙げたが、一軍登板はなかった。オフには台湾で12日間の兵役に就いた。

2012年はクローザー候補として期待されたが[4]、一軍登板なし。また9月21日に第3回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)予選のチャイニーズタイペイ代表に選出された[5]。10月に宮崎フェニックス・リーグに参加した。11月に第3回WBC予選前にキューバ代表との国際親善試合である「サンダーシリーズ」のチャイニーズタイペイ代表に選出された[6]

2013年1月14日に第3回WBC本戦のチャイニーズタイペイ代表に選出された[7]。3月8日の日本戦では中田翔に決勝の犠飛を打たれている。

シーズンでは一軍登板はなった。10月1日に戦力外通告を受けた[8]。その後、12球団合同トライアウトを受けたが日本国内に獲得を示す球団はなかった。

義大・富邦時代

2013年11月28日に中華職業棒球大聯盟(CPBL)の義大ライノズからドラフト2巡目で指名され、2014年1月10日に入団会見を行った[9]。背番号は巨人時代と同じ「96」。

2014年は入団1年目で59試合に登板し3勝4敗2セーブ、さらにリーグ4位の16ホールドを挙げた[10]

2015年はリーグ最多の60試合を投げた。

2016年は自身の不振もあり約2ヶ月の2軍落ちを経験した。

2017年シーズンオフに右肘の手術をした。

2018年は昨年のシーズンオフに手術を行った影響もあり、登板数が自身最少の22登板に留まった。

2020年勝利の方程式を担っていたものの[11]、6月に防御率12.60と打ち込まれ登録を抹消した[12]。10月にも防御率9.35を記録し、最終的には防御率6.29で終えた。

翌年は2軍暮らしが続き、12月21日に自由契約となった[13]

味全時代

2022年の春季キャンプで味全ドラゴンズの入団テストを受験して合格し、入団が内定した[14]。しかし、同年は10試合の登板に止まり、オフに戦力外通告を受け現役を引退[15]

引退後は故郷に戻り、2023年から新竹市立成徳高級中学でコーチを務めている[16]

プレースタイル・人物

サイドスローから最速150 km/h台半ばに達する速球が武器[17]

巨人入団2年目の2007年の「G戦士 今年の抱負」では「學好日語(日本語を学ぶことをうまくやり遂げる)拼命練習(猛稽古)」と色紙に書いた[18]。その後、日本語は上達し、2010年に支配下登録が決まった際の入団会見では日本語で受け答えを行った。支配下選手登録された際には、目標の投手としてMLBで通算303勝を挙げたランディ・ジョンソンを、投げ合いたい投手として同じ台湾出身であるチェン・ウェイン(当時は中日ドラゴンズ所属)を挙げていた[19][20]

詳細情報

年度別投手成績





















































W
H
I
P
2010巨人200000000----285.0804014207712.602.40
2014義大
富邦
59000034216.42928265.061418536410026223.051.22
201560000024118.33325554.05133816467031274.501.65
20163500000217.00014829.23841612216019185.461.82
201733000020351.0012929.22452011284016133.941.48
20182200001152.5008120.016270117101094.051.15
201952000045019.44421249.23432154598017142.541.11
202046000004111.00020944.15152523433033316.291.71
NPB:1年200000000----285.0804014207712.602.40
CPBL:7年307000012201378.3751316292.12752614515202783901521344.131.44
  • 2020年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績



投手












2010巨人220001.000
2014義大
富邦
593810.917
2015602411.857
2016351510.857
20173302021.000
20182212001.000
2019520910.900
20204613001.000
NPB220001.000
CPBL30783343.911
  • 2020年度シーズン終了時

記録

NPB
CPBL

背番号

  • 106(2006年 - 2010年7月30日)
  • 96(2010年7月31日 - 2021年)
  • 632013年WBC
  • 47(2022年)

代表歴

脚注

関連項目

外部リンク