木村銀治郎 (3代)

大相撲の行司 (1974-)

3代 木村 銀治郎(きむら ぎんじろう、本名:糸井 紀行(いとい のりゆき)、旧姓:遠藤、1974年12月30日 - )は、大相撲幕内行司芝田山部屋所属。

3代木村銀治郎
Kimura Ginjirō III
基礎情報
行司名木村紀行
→ 木村堅治郎
→ 3代木村銀治郎
本名いとい のりゆき
糸井 紀行
生年月日 (1974-12-30) 1974年12月30日(49歳)
出身日本の旗 日本東京都墨田区
所属部屋峰崎部屋芝田山部屋
データ
現在の階級幕内格行司
最高位幕内格行司
初土俵1990年3月場所
幕内格2014年11月場所
備考
2021年4月1日現在

人物

1974年12月30日千葉県八千代市にて生まれ、生後半年後に同県市川市に転居。小学1年生まで同地で過ごした。その後、東京都墨田区向島へ転居。


幼稚園では、現在女流囲碁棋士として活躍中の桑原陽子(旧姓祷)とは同クラスだった。

将来は音大を卒業してピアニストになりたいという夢を持ち、それと同時にプロ野球大相撲にも目を向けて、東京場所になると毎日国技館まで自転車を漕いで通いつめ、日々学校が終わると、東京場所開催期間中は昼間は国技館、夜は野球観戦、その合間にピアノの練習もするという生活を送っていた。

そうした中、中学3年の1学期、1989年5月場所8日目、国技館にて、当時独立して部屋を創設したばかりだった、元前頭2枚目三杉磯拓也峰崎親方の元へ中学を卒業したら行司になりたい旨を直接伝えたところ、『じゃあ、卒業したらウチへ来い!』との返事をもらい、翌日学生服を着て、親方と共に国技館内にある行司部屋へと挨拶に出向いた。

現在は土俵に上がる他、相撲の普及活動にも力を入れており、小中学校での課外授業や、様々なイベント等に積極的に参加し、大相撲の楽しさや魅力を伝えるべく心がけており、その一環として芸術家筒井はじめとのコラボレーションで、プロ野球で実際に使われて折れたバットを素材にまったく新しいデザインの軍配を作成し、2009年9月場所で使用。2012年1月場所の土俵祭では前年に東日本大震災で甚大な被害を受けた岩手県大槌町の赤武酒造の清酒『浜娘』をお神酒として使用して話題となった。

2014年10月2日の理事会において、11月場所より幕内格行司への昇進が決定した[1]。39歳で幕内格行司に昇進したが、30代での幕内格行司昇進は1966年11月場所で昇進した15代木村玉光以来48年ぶりのことであった。昇進と同時に、2代峰崎も現役時代に襲名していた木村銀治郎を襲名。2021年4月1日に峰崎部屋が閉鎖になったため、同じ一門の芝田山部屋に移籍した[2]

2022年2月4日、協会は銀治郎が新型コロナウイルスに感染したと発表[3]

掛け声 

声量は不足しているが、野太く少しこもった声が特徴的である。

履歴

出演

著書

  • 福家聡子 著、3代木村銀治郎 編『大相撲語辞典: 相撲にまつわる言葉をイラストと豆知識でどすこいと読み解く』誠文堂新光社(原著2018年3月8日)。ISBN 978-4416518267NCID BB25870706 
  • 3代木村銀治郎能町みね子 イラスト『大相撲と鉄道 - きっぷも座席も行司が仕切る!?』交通新聞社〈交通新聞社新書150〉(原著2021年2月15日)。ISBN 978-4330008219NCID BC05581408 [4]
この著書では2代若乃花隆の里が上京の際に乗った夜行列車「ゆうづる」についても解き明かしている。銀次郎本人は、当事者ですらも夜行列車について記憶違いがあるため正確に書かれた文献が全く見当たらなかったこと、いい加減な文献もあったことを、夜行列車の特定・解明及びその結果の出版についての動機として語った[5]

脚注

注釈

出典

外部リンク


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