ホセ・アブレイユ

キューバの野球選手 (1987 - )

ホセ・ダリエル・アブレイユ・コレアJosé Dariel Abreu Correa,[注釈 1] 1987年1月29日 - )は、キューバ共和国シエンフエーゴス州クルセス出身のプロ野球選手一塁手)。右投右打。愛称はマル・ティエンポ[5]

ホセ・アブレイユ
Jose Abreu
シカゴ・ホワイトソックス時代
(2014年5月17日)
基本情報
国籍(ドミニカ共和国の旗 ドミニカ共和国へ亡命)
出身地 キューバ
シエンフエーゴス州クルセス
生年月日 (1987-01-29) 1987年1月29日(37歳)
身長
体重
6' 3" =約190.5 cm
255 lb =約115.7 kg
選手情報
投球・打席右投右打
ポジション一塁手
プロ入り2013年 アマチュアFA
初出場2014年3月31日
年俸$19,500,000(2023年)[1]
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)
国際大会
代表チームキューバの旗 キューバ
WBC2013年

WBC等ではスペイン語読みの「アブレウ」と表記されていた。

経歴

キューバ時代

キューバシエンフエーゴス州に生まれ、幼い頃はオレステス・キンデランに憧れて育つ[6]。ジュニアナショナル時代から注目され、16歳の時から国内リーグに出場した。

2004年には第21回AAA世界野球選手権大会キューバ代表に選ばれた。その後も着実に成績を伸ばして小さな国際大会に何度か選出されたものの、A代表入りはならなかった。キューバの名門体育大学であるマニュエル・ファハルド国立体育大学を卒業。

当初、外野手三塁手主体で一塁手は兼務であったが、2008年以降は一塁を守る比率が高まったことで現在のキューバ代表のニーズに合致。

2009年の3月に開催された第2回ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)最終選考に残った。同年7月にオランダロッテルダムで開催された第12回ワールドポート・トーナメントのキューバ代表に選出された。続いて9月の第38回IBAFワールドカップで初のA代表に選ばれた。

2009-2010シーズンは打率.399、30本塁打でそれぞれリーグ2位と持ち前の強打が開花し、それに加え四球を多く選ぶようになり、出塁率でリーグ1位となるなど、キューバ最高クラスの強打者に成長した。国際大会でも2010年7月に東京で開催された第5回世界大学野球選手権大会では対日本戦で菅野智之から本塁打を放つなど首位打者を獲得する活躍で、一塁手のベストナインに輝いた。同年10月の第17回IBAFインターコンチネンタルカップのキューバ代表にも選出された。キューバの優勝に貢献した。

2010-2011シーズンは肩の滑液包炎の影響で23試合を欠場したものの、シーズン最終戦でヨエニス・セスペデスと並ぶリーグ記録となる33号本塁打を放ち、首位打者と本塁打王の二冠に輝き、打点もリーグ2位でMVPを受賞。また、出塁率とOPSともにリーグ1位になった。

2011-2012シーズンは首位打者を獲得し、OPSも3シーズン連続でリーグ1位になった。11月6日に「侍ジャパンマッチ2012「日本代表 VS キューバ代表」」のキューバ代表が発表され[7]代表入りした[8]。同日、台湾で行われたサンダーシリーズのため来台した[9]。サンダーシリーズ終了後の、14日に来日した[10]

2013年3月に開催された第3回WBCキューバ代表に選出された[11]。同大会では中国戦で満塁本塁打を記録するなど、打率.360、3本塁打、9打点の好成績を記録した。8月14日に亡命した。

ホワイトソックス時代

2013年10月29日にシカゴ・ホワイトソックスと総額6800万ドルの6年契約を結んだ[12][13]

2014年は開幕ロースター入りし[14]、3月31日に行われたミネソタ・ツインズとの開幕戦でメジャーデビュー。「4番・一塁手」で先発起用され、4打数2安打1打点だった[15]。4月は月間新人最多記録となる10本塁打、32打点を記録し、MLB史上初となる4月での月間MVP月間新人MVPのダブル受賞を果たした[16]。しかし5月17日のヒューストン・アストロズ戦で左足首を痛め、5月18日に15日間の故障者リスト入りした[17]。6月2日に復帰し、7月にはオールスターゲームに選出。同月は25試合に出場し、6本塁打、19打点、1盗塁、打率.374、OPS1.099の好成績で、月間MVPと月間新人MVPを再び受賞した[18]。9月27日、シーズン36本目の本塁打を放ち、1981年にロン・キトルが記録した球団新人本塁打記録を更新した。なおこの日の試合前にはポール・コネルコの引退セレモニーが行われており、2打数2安打、2打点、2四球などと活躍してチームを勝利に導き、引退に花を添えた。シーズン終了後の新人王投票では、アルバート・プホルス以来となる新人での打率.300・30本塁打・100打点をクリアした事などから、満票で新人王に選出された[19]。一塁手部門で、シルバースラッガー賞を受賞した。

2015年は154試合に出場し、打率.290、30本塁打、101打点、OPS.850を記録。プホルス以来となる、メジャーデビューから2年連続30本塁打・100打点という記録を達成した[20]。打点については、ア・リーグ8位だった。

2016年は159試合に出場し、打率.293、25本塁打、100打点、OPS.820。30本塁打以上はデビューから2年連続で途切れた。

2017年5月23日のアリゾナ・ダイヤモンドバックス戦でホルヘ・デラロサから通算100本塁打を達成した[21]。9月にサイクル安打を達成した。

2018年は8-9月の故障離脱もあって128試合の出場に留まり、シーズン100打点以上の記録も連続4年でストップした。

2019年は復調し、123打点でア・リーグ打点王を獲得した。同年にMLS(MLB在籍年数)6年に達し、オフの10月31日にフリーエージェント(FA)となった[22]が、球団からのクオリファイング・オファー(QO)を受諾し、11月14日に規定額(1780万ドル)で1年契約延長。さらに11月22日、2022年までの3年5000万ドル(QOの分を含む)で契約延長した[23]

2020年新型コロナウイルスの影響で60試合の短縮シーズンとなる中、2年連続でア・リーグ打点王を獲得した。オフの12月9日に自身初のシーズンMVPを受賞し、オールMLBセカンドチーム(一塁手)にも選出された[24]

2021年8月12日にヤンキースとホワイトソックスでMLBアット・フィールド・オブ・ドリームスが初開催され、アブレイユも出場し、この試合で本塁打を記録したが、この試合はMLB史上初のアイオワ州でのMLB公式戦であり、この本塁打はアイオワでのMLB公式戦初本塁打となった[25]。9月2日に8月のプレイヤー・オブ・ザ・マンスを受賞した[26]

2022年オフの11月6日にFAとなった[27]

アストロズ時代

2022年11月28日にヒューストン・アストロズと3年総額5850万ドルの契約を結んだ[28][29]。1年あたりの年俸は1950万ドルとなる[29]

2024年6月14日にチームからリリースとなった[30]

人物

飛行機に乗るのが嫌いなことで有名で、飛行機で移動する際は「いつも"神様、どうか何事も起きずに無事に到着してください"って祈ってるんだ。(飛行機は)何ひとつ好きになれることがない。気流で揺れたときなんて最悪だよ」と語っている[31]

千葉ロッテマリーンズ等のレオネス・マーティンと仲が良い。マーティンがロッテで79番を着用したのは、アブレイユの背番号が由来[32]

詳細情報

年度別打撃成績

[33]

















































O
P
S
2003-2004CFG71277258277081595201023905579.271.305.368.674
2004-2005611901671938724611700021645505.228.311.365.676
2005-2006843623125310520511168642202283206110.337.423.538.961
2006-2007853252833983113912742010120321479.293.382.449.830
2007-20087128223948762201313743120124318433.318.418.573.992
2008-2009813402896010023119182690002196306910.346.438.6301.068
2009-20108939328682114253302357621037432304911.399.555.8221.376
2010-201166293212799614033209932102582121325.453.597.9861.583
2011-2012873842827111118135236991005753322325.394.542.8371.379
2012-2013773372646091150191636025025419173918.345.481.6171.098
2014CWS1456225568017635236323107310451151113114.317.383.581.964
20151546686138817834330308101000139111514016.290.347.502.850
2016159695624671833212529210002094771512521.293.353.468.820
2017156675621951894363334310230043561511921.304.354.552.906
201812855349968132361222367820063771110914.265.325.473.798
20191596936348518038133319123220103641315224.284.330.503.834
20206026224043761501914860000118135910.317.370.617.987
20211526595668614830230272117100106132214328.261.351.481.831
202215767960185183400152687500046221211019.304.378.446.824
2023HOU1415945406212823118207900106421613016.237.296.383.680
SNB:10年77231832592538884163161781613583111222337712418947985.341.456.6221.078
MLB:10年1411610054947591573326172612716953116055428571231218183.286.348.494.843
  • 2023年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高
  • 赤太字はキューバリーグ(SNB)記録
  • キューバで通常用いられる個人通算成績は、プレーオフや選抜リーグなども合算するため、この表の合計とは一致しない

年度別守備成績



一塁(1B)三塁(3B)
























2014CWS109970696105.994-
20151159526011100.989-
201615212438410131.993-
20171391135788130.993-
201811490373881.992-
20191251012748128.993-
20205443027539.989-
202113598035593.99510000----
2022128954511196.989-
2023HOU1341017675106.995-
MLB12059596618771009.99310000----
  • 2023年度シーズン終了時
  • 各年度の太字はリーグ最高

タイトル

MLB
SNB
  • 本塁打王:2回(2011年、2013年)
  • 首位打者:2回(2011年、2012年)

表彰

MLB
SNB
  • MVP:1回(2011年)
国際大会

記録

MLB

背番号

  • 79(2014年 - )

代表歴

脚注

注釈

出典

関連項目

外部リンク

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