テイラ・トゥリ

テイラ・トゥリTeila Tuli1968年6月14日 - 2024年6月20日)は、アメリカ合衆国男性総合格闘家東関部屋所属の元大相撲力士俳優。大相撲時代の四股名は、高見州 大吉(たかみしゅう だいきち[1]。英語記事では「Takamikuni(たかみくに)」と表記されることもある[2]。)。最高位は幕下2枚目。ハワイ州ホノルル出身。

テイラ・トゥリ
基本情報
本名テイラー・ワイリー
(Taylor Wily)
国籍アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
生年月日 (1968-06-14) 1968年6月14日
出身地アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
ハワイ州ホノルル
没年月日2024年6月20日(2024-06-20)(55歳没)
身長183cm
体重189kg
バックボーン相撲プロレス
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総合格闘技団体「UFC」の第1回大会への参戦経験も有する。

来歴

ハワイではアメリカンフットボールをやっており、同じハワイ出身である高見山からのスカウトを受け、高校卒業後の1987年昭和62年)3月に初土俵を踏んだ。

序ノ口、序二段は全勝優勝で通過し、三段目も3場所で通過。入門から2年で関取がうかがえる地位まで昇進するが、膝を故障してしまい、1989年平成元年)に大相撲を引退。

1990年9月、新日本プロレス内で結成されたユニットドラゴンボンバーズ南海龍太郎とともに練習生として所属し、グアムキャンプに参加。南海龍のバーターとして入門したため、南海龍が酒のトラブルでデビューしないまま新日本を解雇されたことに伴い、巻き添えを食う形で自身のデビューも見合わせになったという話もある。

1993年11月12日、コロラド州デンバーで開催されたUFC第1回大会に出場し、1回戦でジェラルド・ゴルドーと対戦。ラウンド開始直後のゴルドーへの突進を往なされ、転倒したところに顔面への蹴りとパンチを受けた。この攻撃によってトゥリが受けたダメージを見てレフェリーが試合を止めてしまい、TKO負けとなった(ルール上はレフェリーストップは規定されていなかった)。

2000年代に本名のテイラー・ワイリー(「テイラー・ウィリー」とする表記もあり)名義で俳優として活動を始める。

2024年6月20日に56歳で死去した[3][4]

戦績

大相撲

  • 通算成績:57勝27敗14休
  • 幕下成績:30勝19敗14休

総合格闘技

総合格闘技 戦績
1 試合(T)KO一本判定その他引き分け無効試合
0000000
11000
勝敗対戦相手試合結果大会名開催年月日
×ジェラルド・ゴルドー1R 0:26 TKO(顔面蹴り)UFC 1: The Beginning
【1回戦】
1993年11月12日

出演

フィルモグラフィ

脚注

関連項目

外部リンク