パクリタキセル IUPAC命名法 による物質名(-)-(1S ,2S ,3R ,4S ,5R ,7S ,8S ,10R ,13S )-4,10-Diacetoxy- 2-benzoyloxy-5,20-epoxy-1,7-dihydroxy-9-oxotax- 11-en-13-yl(2R ,3S )-3-benzoylamino-2-hydroxy- 3-phenylpropionate 臨床データ 胎児危険度分類 法的規制 投与経路 点滴静注 薬物動態 データ生物学的利用能 - 血漿タンパク結合 89〜98% 代謝 肝臓 (CYP2C8およびCYP3A4 )半減期 5.8時間 排泄 胆汁 識別 CAS番号 33069-62-4 ATCコード L01CD01 (WHO ) PubChem CID: 36314 KEGG D00491 化学的データ 化学式 C 47 H 51 N O 14 分子量 853.906 テンプレートを表示
パクリタキセル (Paclitaxel、略称: TXL、PTX、PAC)は、がん化学療法 において用いられる有糸分裂阻害剤(英語版 ) の一つである。タキサン 系に属する。タイヘイヨウイチイ (Taxus brevifolia )の樹皮から単離され、「taxol(タキソール)」と命名された[1] 。後に、樹皮中の内生菌 がパクリタキセルを合成していることが発見された[2] 。
ブリストル・マイヤーズ スクイブ (BMS)社によって商業的開発された際、一般名がPaclitaxel (パクリタキセル)へと変更され、BMS社の化合物はTaxol (タキソール)という商標 で販売されている。パクリタキセルは水にほとんど溶けないため、この製剤では、ポリオキシエチレンヒマシ油とエタノール に溶解されている。パクリタキセルをアルブミン に結合させたより新しい製剤は「アブラキサン 」の商標で販売されている。
パクリタキセルは肺がん 、卵巣がん 、乳がん 、頭頸部がん、進行性カポジ肉腫 患者の治療に用いられている。また再狭窄の予防にも用いられている。
パクリタキセルは微小管 を安定化させることで微小管のダイナミクスを抑制し、その結果正常な細胞分裂の進行を妨げる。ドセタキセル (商品名タキソテール)と共に医薬品分類のタキサン 類を構成する。フロリダ州立大学 のロバート・ホルトン によって初めて全合成 された。
開発 1966年にタイヘイヨウイチイ(Taxus brevifolia )の樹皮から分離され、1971年に構造決定 された[1] 。
発見当初はタキソール (Taxol )と呼ばれていたが、1990年 にブリストル・マイヤーズ スクイブ 社がこの名を商標 として登録し、「タキソール (TAXOL )」として使用するようになった。そのため、特定の企業商品を連想させないように、薬学系の研究者を中心に一般名であるパクリタキセルが物質名としても使用されている。
歴史 植物成分スクリーニングプログラム 1955年、米国国立がん研究所 (NCI)は国立がん化学療養サービスセンター(Cancer Chemotherapy National Service Center、CCNSC)を設立し、外部機関や企業が提供した化合物の抗腫瘍活性の公共スクリーニングセンターとした。多くの化合物が合成品であったが、天然物 由来品のスクリーニングも実施された。1960年7月、NCIは農務省 の植物学者に1年辺り1,000種の植物サンプルを収集するように命じた。1962年8月、ワシントン州 パックウッド(英語版 ) の北方の森に生えていたタイヘイヨウイチイの樹皮が収集され、1964年5月に樹皮が細胞毒性を持つことが明らかとなった。
1964年後半から1965年前半には、ノースカロライナ州 のリサーチ・トライアングル・パーク でイチイ樹皮の分析が実施され、活性物質が1966年9月に単離され、1967年に開かれたアメリカ化学会 で報告された[7] 。1967年6月にこの有効成分はタキソールと命名された。1971年には、化学構造が決定され報告された[8] 。
NCIはより多くのイチイ樹皮を収集し、より多くのタキソールを入手した。1969年までに、約1,200kg の樹皮から28 kgの粗抽出物が得られたが、タキソールは10g しか得られなかった。NCIは数年間はタキソールを一切使用しなかったが、1975年に異なるin vitro 系で抗腫瘍活性が再確認され、その2年後、タキソールを臨床開発の次の段階に進めることが決定された。精製したタキソール600 gが必要とされ、1977年には3 t を超す樹皮が消費された。
1978年に、NCIはタキソールが白血病マウスに対して穏やかな有効性を示すことを公表した[11] 。1978年11月には、異種移植 研究についてのタキソールの有効性が示された。同時に、細胞生物学の分野ではタキソールは微小管 の安定化を含む未知の機序で奏効することが1979年前半に報告された。製剤化上の課題と共に、この報告は研究者の興味を引き、NCIは1980年には9tのイチイ樹皮を収集する必要があると考えられた[13] 。動物を用いた毒性学的研究は1980年6月までに完了し、11月にはNCIはヒトへの投与に必要なIND (治験薬)登録を終えた[13] 。
臨床試験 第I相臨床試験(英語版 ) は1984年4月に開始され、1年後には第II相臨床試験(英語版 ) の開始が決定された。この規模の臨床試験の実施には、5.5tのイチイ樹皮が必要とされ、試験が始まったのは1986年末であった。その時までにタキソールの需要が極めて大きなものであると認識され、樹皮27tが必要であると計算されるに至り、イチイの種への影響が懸念され始めた[15] 。
最初の第II相臨床試験の結果は1988年5月に報告され、悪性黒色腫患者への有効性と難治性卵巣がん患者への著効性(奏効率:30%)が明らかにされた[16] 。この時点で、全米の卵巣癌および悪性黒色腫の患者を治療するために年間36万本のイチイが切り倒される必要があると試算された。当初は、供給の問題は深刻に受け止められた[15] 。実施上の問題と、特に財政規模の問題により、NCIは製薬企業と共同開発することを決定し、1989年8月、その後の臨床試験の継続に向けて引き続き原料を収集しタキソールを精製する会社に対して現状で保有している樹皮のストックと収集されたデータへの独占アクセス権を与え、資金も提供するとの共同研究開発契約(英語版 ) (CRADA)提案を公表した。実質的なタキソールの学術書と言える本の著者は「この時NCIは協業は考えておらず、タキソール(とそれが抱える問題)を相手に引き渡すことを考えていた」と記述している[15] 。
この提案は広く広告されたにもかかわらず、CRADAに反応したのは4社のみであり、1989年12月にブリストル・マイヤーズ スクイブ (BMS)がパートナーに選ばれた。BMSのこの選択は後に物議を醸すこととなり、1991年と1992年の議会聴聞会の対象となった。NCIにはほとんど選択の余地がなかったことは明らかに思える一方、企業のパートナーを迎えたことは契約条件に関する議論を巻き起こし、最終的に2003年の会計検査院(英語版 ) の報告でNCIは費した金銭に価する価値の確保に失敗したと結論付けられた[17] 。
米国農務省 と米国内務省 が参加している関連契約では、ブリストル・マイヤーズ スクイブは米国中のタイヘイヨウイチイの供給に関する排他的優先権を手に入れた。この排他契約はBMSに「癌治療薬の独占 」を許すものだとして批判された[18] 。この契約の18か月後、BMSは新薬承認申請 (NDA)資料を提出し、1992年末に承認された[15] 。化合物には特許は取得されていなかったが、ハッチ・ワックスマン法(英語版 ) の規定により、BMSに5年間の独占販売権が与えられた。
1990年、BMSはタキソールの名称をタキソールとして登録申請した。これは論争を起こしながらも1992年に認可された。同時に、国際一般名 (INN) としてはパクリタキセルと命名され直した。Nature 誌などの批評家は、タキソールという名称は20年以上も600以上の科学論文で使用され続けて来ており、商標登録すべきでないと提案し、BMSはその権利を放棄すべきであると述べた[19] 。BMSは、名称を変更すると医師の間に混乱をもたらし、患者の健康状態を危険に晒す可能性があると主張した。BMSは裁判所でその名称の権利を護り続けている。
製造方法 1993年 にロバート・ホルトン らのグループにより初めて全合成 された(発表は翌年。ホルトンのタキソール全合成 を参照)。しかし、全合成はコストが高い。現在、医薬品としてのパクリタキセルはヨーロッパイチイの葉よりバッカチンIII(英語版 ) という原料を取り出して、これを元にパクリタキセルを合成(半合成 )している。また、細胞培養法 (PCF法:Plant cell fermentation法)により安価で大量に供給する技術も確立されている。
作用機序 チューブリンとパクリタキセルの複合体。黄色の棒で示したのがパクリタキセルの分子である。 微小管 に結合して安定化させ脱重合を阻害することで、腫瘍細胞の分裂を阻害する。パクリタキセルはチューブリン の2つのサブユニット(αとβ)のうちβサブユニットに結合する。
効能・効果 卵巣癌 、非小細胞肺癌 、乳癌 、胃癌 、子宮体癌 、再発または遠隔転移を有する頭頸部癌 、再発または遠隔転移を有する食道癌 、血管肉腫 、進行または再発の子宮頸癌 、再発または難治性の胚細胞腫瘍(精巣腫瘍 、卵巣腫瘍 、性腺外腫瘍)、治癒切除不能な膵癌 (nab-パクリタキセルのみ)。
子宮体癌での本剤の術後補助化学療法における有効性および安全性は確立していない。
組成 内容に無水エタノール を含有しているのでエタノールによる中枢神経 症状(酔払う)が出やすい。またポリオキシエチレンヒマシ油を含むため、アレルギー症状を予防する薬剤投与が不可欠である。
副作用 重篤な副作用には、次のものがある[21] 。頻度未記載は頻度不明である。
類似名称による問題 タキサン系抗がん剤には「タキソール(パクリタキセル)」とは別に「タキソテ ール(ドセタキセル) 」という名称が類似する薬剤がある。日本では発売開始がどちらも1997年でパッケージデザインが類似していること(毒薬 指定のため販売名が黒地に白文字で記載)から、医師の処方箋 のオーダー間違いやパッケージの誤認識による取り違えにより、重篤な症状や死亡に至る医療過誤 が生じた。
このため医療機関では取り違え防止のために自主的に商品名ではなく一般名 の「パクリタキセル」「ドセタキセル」を用いる対処をしたが、2008年12月8日に厚生労働省 が『医薬品の販売名の類似性等による医療事故防止対策の強化・徹底について(注意喚起)』を発令し、以後承認される医薬品に販売名称が類似する製品がないかチェックするようになった。これを受けて先発メーカーのブリストル製薬 とサノフィ の日本法人が正式に協議し、それぞれ外箱やバイアル のラベルに販売名より一般名を大きな色文字で強調表示する対応をようやく実施した。その後発売された同系統の後発医薬品 では販売名そのものに一般名を含めるといった対応をしている。
誘導体 近年、主にパクリタキセルの副作用の緩和[22] を目的としてパクリタキセルの誘導体や薬物送達システム (DDS)製剤の抗がん剤の開発が進んでいる。
アルブミン結合パクリタキセル nab-パクリタキセル(アブラキサン ABRAXANE) パクリタキセルをアルブミン で封入したナノ粒子製剤のアルブミン結合パクリタキセル注射用懸濁液 。パクリタキセル誘導体のDDS製剤である。水に難溶性のパクリタキセルを溶解するために通常の製剤で使用されている溶媒 ポリオキシエチレンヒマシ油(クレモホールEL)を含有しないため、投与時の副作用予防目的のステロイド剤 などの前投薬を必要としない。 アメリカ アブラキシス・バイオサイエンス(Abraxis BioSciences)社で開発され、2005年 1月に化学療法不応の転移性乳癌 あるいは術後補助化学療法6ヶ月以内の再発乳癌を適応としてFDA により承認された。日本では大鵬薬品工業 が開発・販売権を取得し、現在乳癌 ・胃癌 ・非小細胞肺癌 に保険適応されている。DHAパクリタキセル(タクサオプレキシン Taxoprexin) 腫瘍細胞に集積しやすい脂肪酸のドコサヘキサエン酸 (DHA)をパクリタキセルと結合させたプロドラッグ 。パクリタキセルの抗腫瘍効果は、腫瘍内でパクリタキセルがDHAから切り離されたときに発現する。 ポリグルタメート化パクリタキセル(OPAXIO) 血中から腫瘍に移行しやすいポリグルタミン酸 をパクリタキセルと結合させたプロドラッグ。パクリタキセルの抗腫瘍効果は、腫瘍内でグルタミン酸 のポリマー が分解されたときに発現する。パクリタキセルよりも副作用 が軽減され、毒性が低いとされる。商品名がジオタックス(XYOTAX)からOPAXIOに変更された。 腫瘍で活性化されるパクリタキセル(tumor-activated Taxol) 腫瘍細胞を標的とするモノクローナル抗体 をパクリタキセルと結合させたプロドラッグ。血液中を循環している間は抗体とパクリタキセルの結合は安定しているが、標的の腫瘍細胞に到達すると抗体からパクリタキセルが切り離されて抗腫瘍効果を発現する。 パクリタキセルミセル 直径20〜100nmの微小ミセル中にパクリタキセルを封入した製剤。腫瘍組織の血管壁を透過し組織内に集積し、パクリタキセルを放出する[23] 。 7α‐グルコシルオキシアセチルパクリタキセル[24] 水溶性化したパクリタキセル誘導体。表面にトラスツズマブ を固定したリポソーム に封入して腫瘍組織に送達する。 脚注 出典 関連項目