コンスタンティノープル総主教の一覧

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コンスタンティノープル総主教(コンスタンティノープルそうしゅきょう、ギリシア語Οικουμενικός Πατριάρχης Κωνσταντινουπόλεως英語Ecumenical Patriarchate of Constantinople)は、正教会で筆頭の格を有する総主教日本ハリストス正教会奉神礼ではコンスタンティノポリ総主教と呼称される。

初代コンスタンティノープル総主教の一覧・聖使徒アンドレアス(アンデレ)イコン
東ローマ帝国の「双頭の鷲」を受け継ぐ、コンスタンティノープル総主教の紋章。
各種表記
  • コンスタンティノープル総主教 - 英語由来の転写。「コンスタンチノープル総主教」との表記も同様。
  • コンスタンティノポリ総主教 - 日本ハリストス正教会奉神礼で用いられる。中世ギリシャ語・教会スラヴ語を経た転写。
  • コンスタンティノポリス総主教 - ラテン語由来の転写。

一覧の凡例

コンスタンディヌーポリ総主教グリゴリオス5世
総主教座
  • 以下の歴代のコンスタンティノープル総主教一覧においては、在位年、ギリシャ文字表記、現代ギリシャ語転写、日本正教会で用いられている転写、古典ギリシャ語再建音による転写の順に記載する。
  • 片仮名転写においては姓は省略する。ギリシャ文字表記においてはギリシャ語記事に姓の記載がある場合には姓も記事名のまま併記する。
  • 日本にある正教会である日本正教会で最も用いられている標準的な諸転写には、殆どの場合において古典ギリシャ語よりも現代ギリシャ語の方が近い。これはモラヴィアルーシの正教会に正教が伝えられた中世にはギリシャ語の発音が既に古典語よりも現代の発音に近いものとなっていたため、当地の教会スラヴ語には現代ギリシャ語に近い音が格語尾を落とす形で転写され、これが日本正教会に伝えられた事による。現在の日本正教会で最も使われるのはこうした経緯を持つ教会スラヴ語再建音を経由した転写であるが、現代ギリシャ語による転写も用いられる。ギリシャ語転写を用いる場合であっても、古典再建音は殆ど用いられない。
  • 長短音の区別が無いとされる現代ギリシャ語であるが、アクセントのある"ου"を「ウー」と転写するなど、日本において慣例的に長音と同様の転写が行われているものについては、慣例に従った(例:メリナ・メルクーリ)。
  • 「日本正教会転写」の欄では、日本正教会で最も用いられる教会スラヴ語経由の転写を記す。ただし日本正教会での標準的な表記が不明な場合は、ハイフン「-」を以て空欄とする。
  • 現代用いられている教会スラヴ語には英語の"th"に当たる発音が無いため、ウクライナロシアにおいては"θ(th)"は"ф(f)"によって転写される(他方セルビアブルガリアでは"Т(t)"で転写される)。日本正教会の母教会はロシア正教会であるため、"θ(th)"の転写もロシアのものに準じている。
  • 教会スラヴ語の"в(v)"は、日本正教会での古い文献では「ワ・ワィ・ウ・ワェ・ヲ」と転写される事が標準的であるが、近年の文献では「ヴァ・ヴィ・ヴ・ヴェ・ヴォ」と転写される例もある。日本正教会における通用性により、両者の表記が本一覧では混在している事に注意。
  • 古典ギリシャ語の"Φ"は、本記事の古典再建音表記では"PH (F)"(ハ行)として転写したが、"P"の有気音としてパ行で転写する方法もある。
  • 現代ギリシャ語で、"Γ"に母音「イ」「エ」が続く場合、本記事ではガ行として転写したが、喉から出るヤ行の音であるため、「ギ」「ゲ」ではなく「イェ」「エ」と転写する方法もある。
  • 東ローマ帝国研究者の間では古典再建音が主流であるが、中世・現代ギリシャ語の発音から転写する者もいる。

歴代コンスタンティノープル総主教の一覧

本一覧における片仮名転写は(あらゆる転写に一般的に言えるが)あくまで一例であり、正確な発音・転写を保証するものではない。

創設者

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
-Απόστολος Ανδρέας聖使徒アンドレアス聖使徒アンドレイ聖使徒アンドレアス

ビザンティオン主教

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
38-54Στάχυς ο Απόστολος七十門徒スタヒス七十門徒スタヒイ七十門徒スタキュス
54-68Ονήσιμοςオニシモスオニシムオネーシモス
71-89Πολύκαρπος Α΄ポリカルポス1世ポリカルプ1世ポリュカルポス1世
89-105Πλούταρχοςプルータルホス-プルータルコス
105-114Σεδεκίωνセデキオン-セデキオーン
114-129Διογένηςディオゲニス-ディオゲネース
129-136Ελευθέριοςエレフセリオスエレウフェーリイエレウテリオス
136-141Φήλιξフィリクスフェリクスフェーリクス
141-144Πολύκαρπος Β΄ポリカルポス2世ポリカルプ2世ポリュカルポス2世
144-148Αθηνόδωροςアシノドロスアフィノドールアテーノドロス
148-154Ευζώιοςエヴゾイオス-エウゾイオス
154-166Λαυρέντιοςラヴレンディオスラウレンティラウレンティオス
166-169Αλύπιοςアリピオスアリピイアリュピオス
169-187Περτίναξペルティナクス-ペルティナクス
187-198Ολυμπιανόςオリンピアノスオリンピイオリュンピアノス
198-211Μάρκος Α΄マルコス1世マルコ1世マルコス1世
211-214Φιλάδελφοςフィラデルフォス-フィラデルフォス
214-230Κυριακός Α΄キリアコス1世キリアク1世キュリアコス
230-237Καστίνοςカスティノス-カスティノス
240-245Ευγένιος Α΄エヴゲニオス1世エウゲニイ1世エウゲニオス1世
245-272Τίτοςティトスティトティトス
272-284Δομέτιοςドメティオスドメティドメティオス
284-293Ρουφίνος Α΄ルフィノス1世ルフィン1世ルーフィノス1世
303-305Πρόβοςプロヴォス-プロボス
306-314Μητροφάνης Α΄ミトロファニス1世ミトロファン1世メートロファネース1世

新ローマ・コンスタンティノープル主教

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
314-337Αλέξανδροςアレクサンドロスアレクサンドルアレクサンドロス
337-339Παύλος Α΄パヴロス1世パウェル1世パウロス1世
339-341Ευσέβιος ο Νικομηδείαςエヴセヴィオスエウセウィエウセビオス
341-342Παύλος Α΄パヴロス1世(着座2回目)パウェル1世パウロス1世
342-346Μακεδόνιος Α΄マケドニオス1世マケドニイ1世マケドニオス1世
346-351Παύλος Α΄パヴロス1世(着座3回目)パウェル1世パウロス1世
351-360Μακεδόνιος Α΄マケドニオス1世(着座2回目)マケドニイ1世マケドニオス1世
360-370Ευδόξιος ο Αντιοχείαςエヴドクシオスエウドクシイエウドクシオス
370Ευάγριοςエヴァグリオスエワーグリイエウアグリオス
370-380Δημόφιλοςディモフィロス-デーモフィロス
379-380Γρηγόριος Α΄ Ναζιανζηνόςグリゴリオス1世(ナジアンジノス)グリゴリイ1世グレーゴリオス1世
380Μάξιμος Α΄ ο Κυνικόςマクシモス(対立総主教)マクシムマクシモス
380-381Γρηγόριος Α΄ Ναζιανζηνόςグリゴリオス1世(ナジアンジノス)グリゴリイ1世グレーゴリオス1世

新ローマ・コンスタンティノープル総主教

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
381-397Νεκτάριοςネクタリオスネクタリイネクタリオス
398-404Ιωάννης Α΄ Χρυσόστομοςイオアンニス1世(フリソストモス)[1]金口イオアンイオーアンネース1世
404-405Αρσάκιοςアルサキオス-アルサキオス
406-425Αττικόςアッティコスアッティクアッティコス
426-427Σισίνιος Α΄シシニオス1世シシーニイ1世シシニオス1世
428-431Νεστόριοςネストリオスネストリイネストリオス
431-434Μαξιμιλιανόςマクシミリアノスマクシミリアンマクシミリアノス
434-446Πρόκλοςプロクロスプロクルプロクロス
446-449Φλαβιανόςフラヴィアノスフラビアンフラビアノス
449-458Ανατόλιοςアナトリオスアナトリイアナトリオス
458-471Γεννάδιος Α΄ゲンナディオス1世ゲンナディ1世ゲンナディオス1世
472-489Ακάκιοςアカキオスアカキイアカキオス
489Φραβίταςフラヴィタス-フラビタス
489-495Ευφήμιοςエフフィミオスエウフィミイエウフェーミオス
495-511Μακεδόνιος Β΄マケドニオス2世マケドニイ2世マケドニオス2世
511-518Τιμόθεος Α΄ティモセオス1世ティモフェイ1世ティモテオス1世

新ローマ・コンスタンティノープルの大主教、全地総主教

518年 - 867年(ユスティニアヌス朝からアモリア朝まで)

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
518-520Ιωάννης Β΄ Καππαδόκηςイオアンニス2世イオアン2世イオーアンネース2世
520-535Επιφάνιοςエピフォニオスエピファニイエピファニオス
535-536Άνθιμος Α΄アンシモス1世アンフィミイ1世アンティモス1世
536-552Μηνάςミナスミーナメーナス
552-565Ευτύχιοςエフティヒオスエウティヒイエウテュキオス
565-577Ιωάννης Γ΄ Σχολαστικόςイオアンニス3世イオアン3世イオーアンネース3世
577-582Ευτύχιοςエフティヒオス(着座2回目)エウティヒイエウテュキオス
582-595Ιωάννης Δ΄ Νηστευτήςイオアンニス4世イオアン4世イオーアンネース4世
595-606Κυριακόςキリアコスキリアクキュリアコス
607-610Θωμάς Α΄ソマス1世フォマ1世トーマス1世
610-638Σέργιος Α΄セルギオス1世セルギイ1世セルギオス1世
638-641Πύρροςピロス-ピュロス
641-653Παύλος Β΄パヴロス2世パウェル2世パウロス2世
654Πύρροςピロス(着座2回目)-ピュロス
654-666Πέτροςペトロスペトルペトロス
667-669Θωμάς Β΄ソマス2世フォマ2世トーマス2世
669-675Ιωάννης Ε΄イオアンニス5世イオアン5世イオーアンネース5世
675-677Κωνσταντίνος Α΄コンスタンディノス1世コンスタンティン1世コーンスタンティノス1世
677-679Θεόδωρος Α΄セオドロス1世フェオドル1世テオドーロス1世
679-686Γεώργιος Α΄ゲオルギオス1世ゲオルギイ1世ゲオルギオス1世
686-687Θεόδωρος Α΄セオドロス1世(着座2回目)フェオドル1世テオドーロス1世
687-693Παύλος Γ΄パヴロス3世パウェル3世パウロス3世
693-706Καλλίνικος Α΄カリニコス1世カルリニーク1世カルリニコス1世
706-712Κύροςキロスキルキュロス
712-715Ιωάννης ΣΤ΄イオアンニス6世イオアン6世イオーアンネース6世
715-730Γερμανός Α΄ゲルマノス1世ゲルマン1世ゲルマノス1世
730-754Αναστάσιοςアナスタシオスアナスタシイアナスタシオス
754-766Κωνσταντίνος Β΄コンスタンディノス2世コンスタンティン2世コーンスタンティノス2世
766-780Νικήτας Α΄ニキタス1世ニキタ1世ニケータス1世
780-784Παύλος Δ΄パヴロス4世パウェル4世パウロス4世
784-806Ταράσιοςタラシオスタラシイタラシオス
806-815Νικηφόρος Α΄ニキフォロス1世ニキフォル1世ニケーフォロス1世
815-821Θεόδοτος Α΄ Κασσιτεράςセオドトス1世フェオドト1世テオドトス1世
821-836Αντώνιος Α΄ Κασσιμάτηςアントニオス1世アントニイ1世アントーニオス1世
836-842Ιωάννης Ζ΄ Γραμματικόςイオアンニス7世イオアン7世イオーアンネース7世
842-846Μεθόδιος Α΄メソディオス1世メフォディ1世メトディオス1世
846-858Ιγνάτιοςイグナティオスイグナティイグナティオス
858-867Φώτιος Α΄フォティオス1世フォティ1世フォティオス1世

867年 - 1206年(マケドニア朝から1204年の第4回十字軍直後まで)

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
867-877Ιγνάτιοςイグナティオス(着座2回目)イグナティイグナティオス
877-886Φώτιος Α΄フォティオス1世(着座2回目)フォティ1世フォーティオス1世
886-893Στέφανος Α΄ステファノス1世ステファン1世ステファノス1世
893-901Αντώνιος Β΄ Καυλέαςアントニオス2世アントニイ2世アントーニオス2世
901-907Νικόλαος Α΄ Μυστικόςニコラオス1世ニコライ1世ニコラオス1世
907-912Ευθύμιος Α΄エフシミオス1世エウフィミイ1世エウテュミオス1世
912-925Νικόλαος Α΄ Μυστικόςニコラオス1世(着座2回目)ニコライ1世ニコラオス1世
925-928Στέφανος Β΄ステファノス2世ステファン2世ステファノス2世
928-931Τρύφωνトリフォン英語版トリフォントリュフォーン
931-956Θεοφύλακτοςセオフィラクトスフェオフィラクトテオフュラクトス
956-970Πολύευκτοςポリエフクトスポリエウクトポリュエウクトス
970-974Βασίλειος Α΄ Σκαμανδρηνόςヴァシリオス1世ワシリイ1世バシレイオス1世
974-980Αντώνιος Γ΄ Στουδίτηςアントニオス3世アントニイ3世アントーニオス3世
980-996Νικόλαος Β΄ Χρυσοβέργηςニコラオス2世ニコライ2世ニコラオス2世
996-999Σισίνιος Β΄シシニオス2世シシーニイ2世シシニオス2世
999-1019Σέργιος Β΄セルギオス2世セルギイ2世セルギオス2世
1020-1025Ευστάθιοςエフスタシオスエウスタフィエウスタティオス
1025-1043Αλέξιος Στουδίτηςアレクシオスアレクシイアレクシオス
1043-1059Μιχαήλ Α΄ Κηρουλάριοςミハイル1世(キルラリオス)ミハイル1世ミカエール1世(ケルラリオス)
1059-1063Κωνσταντίνος Γ΄ Λειχούδηςコンスタンディノス3世コンスタンティン3世コーンスタンティノス3世
1063-1075Ιωάννης Η΄ Ξιφιλίνοςイオアンニス8世イオアン8世イオーアンネース8世
1075-1081Κοσμάς Α΄ Ιεροσολυμίτηςコスマス1世コスマ1世コスマス1世
1081-1084Ευστράτιος Γαριδάςエフストラティオスエウストラーティエウストラーティオス
1084-1111Νικόλαος Γ΄ Κυρδινιάτηςニコラオス3世ニコライ3世ニコラオス3世
1111-1134Ιωάννης Θ΄ Ιερομνήμωνイオアンニス9世イオアン9世イオーアンネース9世
1134-1143Λέων Στυππήςレオンレオレオーン
1143-1146Μιχαήλ Β΄ Κουρκούαςミハイル2世ミハイル2世ミカエール2世
1146-1147Κοσμάς Β΄ Αττικόςコスマス2世コスマ2世コスマス2世
1147-1151Νικόλαος Δ΄ Μουζάλωνニコラオス4世ニコライ4世ニコラオス4世
1151-1153Θεόδοτος Β΄セオドトス2世(セオドトス2世)フェオドト2世テオドトス2世
1153Νεόφυτος Α΄ネオフィトス1世ネオフィト1世ネオフュトス1世
1154-1156Κωνσταντίνος Δ΄ Χλιαρηνόςコンスタンディノス4世コンスタンティン4世コーンスタンティノス4世
1156-1169Λουκάς Χρυσοβέργηςルカスルカルーカス
1170-1177Μιχαήλ Γ΄ミハイル3世ミハイル3世ミカエール3世
1177-1178Χαρίτων Ευγενειώτηςハリトンハリトンカリトーン
1178-1183Θεοδόσιος Α΄ Βορραδιώτηςセオドシオス1世フェオドシイ1世テオドシオス1世
1183-1186Βασίλειος Β΄ Καματηρόςヴァシリオス2世ワシリイ2世バシレイオス2世
1187-1189Νικήτας Β΄ Μουντάνηςニキタス2世ニキータ2世ニケータス2世
1189-1190Λεόντιος Θεοτοκίτηςレオンディオスレオンティレオンティオス
1190-1191Δοσίθεοςドシセオスドシフェイドシテオス
1191-1198Γεώργιος Β΄ Ξιφιλίνοςゲオルギオス2世ゲオルギイ2世ゲオールギオス2世
1198-1206Ιωάννης Ι΄ Καματηρόςイオアンニス10世イオアン10世イオーアンネース10世

1207年 - 1453年(ニカイア帝国・パレオロゴス朝を経て東ローマ帝国滅亡まで)

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
1207-1213Μιχαήλ Δ΄ Αυτωρειανόςミハイル4世ミハイル4世ミカエール4世
1213-1215Θεόδωρος Β΄ Ειρηνικόςセオドロス2世フェオドル2世テオドーロス2世
1215Μάξιμος Β΄マクシモス2世マクシム2世マクシモス2世
1215-1222Μανουήλ Α΄ Χαριτόπουλοςマヌイル1世マヌイル1世マヌーエール1世
1222-1240Γερμανός Β΄ゲルマノス2世ゲルマン2世ゲルマノス2世
1240Μεθόδιος Β΄メソディオス2世メフォディ2世メトディオス2世
1240-1255Μανουήλ Β΄マヌイル2世マヌイル2世マヌーエール2世
1255-1260Αρσένιος Αυτωρειανόςアルセニオスアルセニイアルセニオス
1260-1261Νικηφόρος Β΄ニキフォロス2世ニキフォル2世ニケーフォロス2世
1261-1267Αρσένιος Αυτωρειανόςアルセニオス(着座2回目)アルセニイアルセニオス
1267Γερμανός Γ΄ゲルマノス3世ゲルマン3世ゲルマノス3世
1267-1275Ιωσήφ Α΄イオシフ1世[1]イオシフ1世イオーセーフ1世
1275-1282Ιωάννης ΙΑ΄ Βέκκοςイオアンニス11世イオアン11世イオーアンネース11世
1282-1283Ιωσήφ Α΄イオシフ1世(着座2回目)イオシフ1世イオーセーフ1世
1283-1289Γρηγόριος Β΄グリゴリオス2世グリゴリイ2世グレーゴリオス2世
1289-1293Αθανάσιος Α΄アサナシオス1世アファナシイ1世アタナシオス1世
1294-1304Ιωάννης ΙΒ΄イオアンニス12世イオアン12世イオーアンネース12世
1304-1310Αθανάσιος Α΄アサナシオス1世(着座2回目)アファナシイ1世アタナシオス1世
1311-1315Νήφων Α΄ニフォン1世-ネーフォーン1世
1316-1320Ιωάννης ΙΓ΄ Γλυκύςイオアンニス13世イオアン13世イオーアンネース13世
1320-1321Γεράσιμος Α΄ゲラシモス1世ゲラシム1世ゲラシモス1世
1323-1334Ησαΐαςイサイアスイサイアエーサイアス
1334-1347Ιωάννης ΙΔ΄ Καλέκαςイオアンニス14世イオアン14世イオーアンネース14世
1347-1349Ισίδωρος Α΄イシドロス1世イシドル1世イシドーロス1世
1350-1354Κάλλιστος Α΄カリストス1世カリストス1世[2]カリストス1世
1354-1355Φιλόθεος Κόκκινοςフィロセオスフィロフェイフィロテオス
1355-1363Κάλλιστος Α΄カリストス1世(着座2回目)-カリストス1世
1364-1376Φιλόθεος Κόκκινοςフィロセオス(着座2回目)フィロフェイフィロテオス
1376-1379Μακάριοςマカリオスマカリイマカリオス
1379-1388Νείλοςニロスニルネイロス
1389-1390Αντώνιος Δ΄アントニオス4世アントニイ4世アントーニオス4世
1390-1391Μακάριοςマカリオス(着座2回目)マカリイマカリオス
1391-1397Αντώνιος Δ΄アントニオス4世(着座2回目)アントニイ4世アントーニオス4世
1397Κάλλιστος Β΄ Ξανθόπουλοςカリストス2世カリストス2世[2]カリストス2世
1397-1410Ματθαίος Α΄マトセオス1世マトフェイ1世マタイオス1世
1410-1416Ευθύμιος Β΄エフシミオス2世エウフィミイ2世エウテュミオス2世
1416-1439Ιωσήφ Β΄イオシフ2世イオシフ2世イオーセーフ2世
1440-1443Μητροφάνης Β΄ミトロファニス2世ミトロファン2世メートロファネース2世
1443-1450Γρηγόριος Γ΄ Μάμμαςグリゴリオス3世グリゴリイ3世グレーゴリオス3世
1450-1453Αθανάσιος Β΄アサナシオス2世アファナシイ2世アタナシオス2世

1454年 - 1821年(オスマン帝国時代・ギリシャ独立戦争勃発まで)

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
1454-1456Γεννάδιος Β΄ Σχολάριοςゲンナディオス2世ゲンナディ2世ゲンナディオス2世
1456-1462Ισίδωρος Β΄イシドロス2世イシドル2世イシドーロス2世
1462-1463Γεννάδιος Β΄ Σχολάριοςゲンナディオス2世(着座2回目)ゲンナディ2世ゲンナディオス2世
1463-1464Σωφρόνιος Α΄ソフロニオス1世ソフロニイ1世ソーフロニオス1世
1464Γεννάδιος Β΄ Σχολάριοςゲンナディオス2世(着座3回目)ゲンナディ2世ゲンナディオス2世
1465-1466Ιωάσαφ Α΄ Κόκκαςイオアサフ1世[1]イオアサフ1世イオーアサフ1世
1466Μάρκος Β΄ Ξυλοκαράβηςマルコス2世マルコ2世マルコス2世
1466Συμεών Α΄ Τραπεζούντιοςシメオン1世シメオン1世シュメオーン1世
1467-1471Διονύσιος Α΄ディオニシオス1世ディオニシイ1世ディオニュシオス1世
1471-1475Συμεών Α΄ Τραπεζούντιοςシメオン1世(着座2回目)シメオン1世シュメオーン1世
1475-1476Ραφαήλ Α΄ラファイル1世-ラファエール1世
1476-1482Μάξιμος Γ΄ Χριστώνυμοςマクシモス3世マクシム3世マクシモス3世
1482-1486Συμεών Α΄ Τραπεζούντιοςシメオン1世(着座3回目)シメオン1世シュメオーン1世
1486-1488Νήφων Β΄ニフォン2世ニフォンネーフォーン2世
1488-1490Διονύσιος Α΄ディオニシオス1世(着座2回目)ディオニシイ1世ディオニュシオス1世
1491-1497Μάξιμος Δ΄マクシモス4世マクシム4世マクシモス4世
1497-1498Νήφων Β΄ニフォン2世(着座2回目)-ネーフォーン2世
1498-1502Ιωακείμ Α΄イオアキム1世[1]イオアキム1世イオーアケイム1世
1502Νήφων Β΄ニフォン2世(着座3回目)-ネーフォーン2世
1503-1504Παχώμιος Α΄パホミオス1世パホミイ1世パホーミオス1世
1504Ιωακείμ Α΄イオアキム1世(着座2回目)イオアキム1世イオーアケイム1世
1504-1513Παχώμιος Α΄パホミオス1世(着座2回目)パホミイ1世パホーミオス1世
1513-1522Θεόληπτος Α΄セオリプトス1世-テオレープトス1世
1522-1526Ιερεμίας Α΄イェレミアス1世イェレミアイエレミアス1世
1526Ιωαννίκιος Α΄イオアンニキオス1世[1]イオアンニキイ1世イオーアンニキオス1世
1526-1545Ιερεμίας Α΄イェレミアス1世(着座2回目)イェレミア1世イエレミアス1世
1546-1556Διονύσιος Β΄ディオニシオス2世ディオニシイ2世ディオニュシオス2世
1556-1565Ιωάσαφ Β΄ Μεγαλοπρεπήςイオアサフ2世イオアサフ2世イオーアサフ2世
1565-1572Μητροφάνης Γ΄ミトロファニス3世ミトロファン3世メートロファネース3世
1572-1579Ιερεμίας Β΄ Τρανόςイェレミアス2世イェレミア2世イェレミアス2世
1579-1580Μητροφάνης Γ΄ミトロファニス3世(着座2回目)ミトロファン3世メートロファネース3世
1580-1584Ιερεμίας Β΄ Τρανόςイェレミアス2世(着座2回目)イェレミア2世イェレミアス2世
1584-1585Παχώμιος Β΄ Πάτεστοςパホミオス2世パホミイ2世パホーミオス2世
1585-1586Θεόληπτος Β΄セオリプトス2世-テオレープトス2世
1587-1595Ιερεμίας Β΄ Τρανόςイェレミアス2世(着座3回目)イェレミア2世イェレミアス2世
1596Ματθαίος Β΄マトセオス2世マトフェイ2世マタイオス2世
1596Γαβριήλ Α΄ガヴリイル1世ガウリイル1世ガブリエール1世
1597Θεοφάνης Α΄ Καρύκηςセオファニス1世フェオファン1世テオファネース1世
1597-1598Μελέτιος Α΄ Πηγάςメレティオス1世メレティ1世メレティオス1世
1598-1602Ματθαίος Β΄マトセオス2世(着座2回目)マトフェイ2世マタイオス2世
1602-1603Νεόφυτος Β΄ネオフィトス2世ネオフィト2世ネオフュトス2世
1603Ματθαίος Β΄マトセオス2世(着座3回目)マトフェイ2世マタイオス2世
1603-1607Ραφαήλ Β΄ラファイル2世-ラファエール2世
1607-1612Νεόφυτος Β΄ネオフィトス2世(着座2回目)ネオフィト2世ネオフュトス2世
1612Κύριλλος Α΄ Λούκαριςキリロス1世(キリロス・ルカリス)キリル1世キュリロス1世
1612-1620Τιμόθεος Β΄ティモセオス2世ティモフェイ2世ティモテオス2世
1620-1623Κύριλλος Α΄ Λούκαριςキリロス1世(着座2回目)キリル1世キュリロス1世
1623Γρηγόριος Δ΄ Στραβοαμασείαςグリゴリオス4世グリゴリイ4世グレーゴリオス4世
1623Άνθιμος Β΄アンシモス2世アンフィミイ2世アンティモス2世
1623-1633Κύριλλος Α΄ Λούκαριςキリロス1世(着座3回目)キリル1世キュリロス1世
1633Κύριλλος Β΄ Κονταρήςキリロス2世キリル2世キュリロス2世
1633-1634Κύριλλος Α΄ Λούκαριςキリロス1世(着座4回目)キリル1世キュリロス1世
1634Αθανάσιος Γ΄ Πατελάροςアサナシオス3世アファナシイ3世アタナシオス3世
1634-1635Κύριλλος Α΄ Λούκαριςキリロス1世(着座5回目)キリル1世キュリロス1世
1635-1636Κύριλλος Β΄ Κονταρήςキリロス2世(着座2回目)キリル2世キュリロス2世
1636-1637Νεόφυτος Γ΄ネオフィトス3世ネオフィト3世ネオフュトス3世
1637-1638Κύριλλος Α΄ Λούκαριςキリロス1世(着座6回目)キリル1世キュリロス1世
1638-1639Κύριλλος Β΄ Κονταρήςキリロス2世(着座3回目)キリル2世キュリロス2世
1639-1644Παρθένιος Α΄パルセニオス1世パルフェニイ1世パルテニオス1世
1644-1646Παρθένιος Β΄パルセニオス2世パルフェニイ2世パルテニオス2世
1646-1648Ιωαννίκιος Β΄イオアンニキオス2世イオアンニキイ2世イオーアンニキオス2世
1648-1651Παρθένιος Β΄パルセニオス2世(着座2回目)パルフェニイ2世パルテニオス2世
1651-1652Ιωαννίκιος Β΄イオアンニキオス2世(着座2回目)イオアンニキイ2世イオーアンニキオス2世
1652Κύριλλος Γ΄キリロス3世キリル3世キュリロス3世
1652Αθανάσιος Γ΄ Πατελάροςアサナシオス3世(着座2回目)アファナシイ3世アタナシオス3世
1652-1653Παΐσιος Α΄パイシオス1世パイシイ1世パイシオス1世
1653-1654Ιωαννίκιος Β΄イオアンニキオス2世(着座3回目)イオアンニキイ2世イオーアンニキオス2世
1654Κύριλλος Γ΄キリロス3世(着座2回目)キリル3世キュリロス3世
1654-1655Παΐσιος Α΄パイシオス1世(着座2回目)パイシイ1世パイシオス1世
1655-1656Ιωαννίκιος Β΄イオアンニキオス2世(着座4回目)イオアンニキイ2世イオーアンニキオス2世
1656-1657Παρθένιος Γ΄パルセニオス3世パルフェニイ3世パルテニオス3世
1657Γαβριήλ Β΄ガヴリイル2世ガウリイル2世ガブリエール2世
1657-1662Παρθένιος Δ΄パルセニオス4世パルフェニイ4世パルテニオス4世
1662-1665Διονύσιος Γ΄ Βαρδαλήςディオニシオス3世ディオニシイ3世ディオニュシオス3世
1665-1667Παρθένιος Δ΄パルセニオス4世(着座2回目)パルフェニイ4世パルテニオス4世
1667Κλήμηςクリミスクリメントクレーメース
1668-1671Μεθόδιος Γ΄メソディオス3世メフォディ3世メトディオス3世
1671Παρθένιος Δ΄パルセニオス4世(着座3回目)パルフェニイ4世パルテニオス4世
1671-1673Διονύσιος Δ΄ Μουσελίμηςディオニシオス4世ディオニシイ4世ディオニュシオス4世
1673-1674Γεράσιμος Β΄ゲラシモス2世ゲラシム2世ゲラシモス2世
1675-1676Παρθένιος Δ΄パルセニオス4世(着座4回目)パルフェニイ4世パルテニオス4世
1676-1679Διονύσιος Δ΄ Μουσελίμηςディオニシオス4世(着座2回目)ディオニシイ4世ディオニュシオス4世
1679Αθανάσιος Δ΄アサナシオス4世アファナシイ4世アタナシオス4世
1679-1682Ιάκωβοςイアコヴォスイアコフイアコーボス
1682-1684Διονύσιος Δ΄ Μουσελίμηςディオニシオス4世(着座3回目)ディオニシイ4世ディオニュシオス4世
1684-1685Παρθένιος Δ΄パルセニオス4世(着座5回目)パルフェニイ4世パルテニオス4世
1685-1686Ιάκωβοςイアコヴォス(着座2回目)イアコフイアコーボス
1686-1687Διονύσιος Δ΄ Μουσελίμηςディオニシオス4世(着座4回目)ディオニシイ4世ディオニュシオス4世
1687-1688Ιάκωβοςイアコヴォス(着座2回目)イアコフイアコーボス
1688Καλλίνικος Β΄カリニコス2世カルリニーク2世カルリニコス2世
1688-1689Νεόφυτος Δ΄ネオフィトス4世ネオフィト4世ネオフュトス4世
1689-1693Καλλίνικος Β΄カリニコス2世(着座2回目)カルリニーク2世カルリニコス2世
1693-1694Διονύσιος Δ΄ Μουσελίμηςディオニシオス4世(着座5回目)ディオニシイ4世ディオニュシオス4世
1694-1702Καλλίνικος Β΄カリニコス2世(着座3回目)カルリニーク2世カルリニコス2世
1702-1707Γαβριήλ Γ΄ガヴリイル3世ガウリイル3世ガブリエール3世
1707Νεόφυτος Ε΄ネオフィトス5世ネオフィト5世ネオフュトス5世
1707-1709Κυπριανός Α΄キプリアノス1世キプリアン1世キュプリアノス1世
1709-1711Αθανάσιος Ε΄アサナシオス5世アファナシイ5世アタナシオス5世
1711-1713Κύριλλος Δ΄キリロス4世キリル4世キュリロス4世
1713-1714Κυπριανός Α΄キプリアノス1世(着座2回目)キプリアン1世キュプリアノス1世
1714-1716Κοσμάς Γ΄コスマス3世コスマ3世コスマス3世
1716-1726Ιερεμίας Γ΄イェレミアス3世イェレミア3世イエレミアス3世
1726Καλλίνικος Γ΄ カリニコス(着座前に永眠したため、何世かを示す数字を記載せず)カルリニークカルリニコス
1726-1732Παΐσιος Β΄パイシオス2世パイシイ2世パイシオス2世
1732-1733Ιερεμίας Γ΄イェレミアス3世(着座2回目)イェレミア3世イエレミアス3世
1733-1734Σεραφείμ Α΄セラフィム1世セラフィム1世セラフェイム1世
1734-1740Νεόφυτος ΣΤ΄ネオフィトス6世ネオフィト6世ネオフュトス6世
1740-1743Παΐσιος Β΄パイシオス2世(着座2回目)パイシイ2世パイシオス2世
1743-1744Νεόφυτος ΣΤ΄ネオフィトス6世(着座2回目)ネオフィト6世ネオフュトス6世
1744-1748Παΐσιος Β΄パイシオス2世(着座3回目)パイシイ2世パイシオス2世
1748-1751Κύριλλος Ε΄キリロス5世キリル5世キュリロス5世
1751-1752Παΐσιος Β΄パイシオス2世(着座4回目)パイシイ2世パイシオス2世
1752-1757Κύριλλος Ε΄キリロス5世(着座2回目)キリル5世キュリロス5世
1757Καλλίνικος Γ΄カリニコス3世(4世)[3]カルリニーク3世(4世)カルリニコス3世(4世)
1757-1761Σεραφείμ Β΄セラフィム2世セラフィム2世セラフェイム2世
1761-1763Ιωαννίκιος Γ΄イオアンニキオス3世イオアンニキイ3世イオーアンニキオス3世
1763-1768Σαμουήλ Χαντζερήςサムイルサムイルサムーエール
1768-1769Μελέτιος Β΄メレティオス2世メレティ2世メレティオス2世
1769-1773Θεοδόσιος Β΄セオドシオス2世フェオドシイ2世テオドシオス2世
1773-1774Σαμουήλ Χαντζερήςサムイル(着座2回目)サムイルサムーエール
1774-1780Σωφρόνιος Β΄ソフロニオス2世ソフロニイ2世ソーフロニオス2世
1780-1785Γαβριήλ Δ΄ガヴリイル4世ガウリイル4世ガブリエール4世
1785-1789Προκόπιοςプロコピオスプロコピイプロコピオス
1789-1794Νεόφυτος Ζ΄ネオフィトス7世ネオフィト7世ネオフュトス7世
1794-1797Γεράσιμος Γ΄ゲラシモス3世ゲラシム3世ゲラシモス3世
1797-1798Γρηγόριος Ε΄グリゴリオス5世グリゴリイ5世グレーゴリオス5世
1798-1801Νεόφυτος Ζ΄ネオフィトス7世(着座2回目)ネオフィト7世ネオフュトス7世
1801-1806Καλλίνικος Δ΄カリニコス4世(5世)[4]カルリニーク4世(5世)カルリニコス4世(5世)
1806-1808Γρηγόριος Ε΄グリゴリオス5世(着座2回目)グリゴリイ5世グレーゴリオス5世
1808-1809Καλλίνικος Δ΄カリニコス4世(5世)[4](着座2回目)カルリニーク4世(5世)カルリニコス4世(5世)
1809-1813Ιερεμίας Δ΄イェレミアス4世イェレミア4世イエレミアス4世
1813-1818Κύριλλος ΣΤ΄キリロス6世キリル6世キュリロス6世
1818-1821Γρηγόριος Ε΄グリゴリオス5世(着座3回目)グリゴリイ5世グレーゴリオス5世

1821年 - 現在(ギリシャ独立戦争勃発から現在まで)

在位年ギリシャ文字表記現代ギリシャ語転写日本正教会転写古典ギリシャ語転写
1821-1822Ευγένιος Β΄エヴゲニオス2世エウゲニイ2世エウゲニオス2世
1822-1824Άνθιμος Γ΄アンシモス3世アンフィミイ3世アンティモス
1824-1826Χρύσανθοςフリサンソス-クリュサントス
1826-1830Αγαθάγγελοςアガサンゲロスアガファンゲルアガタンゲロス
1830-1834Κωνστάντιος Α΄コンスタンディオスコーンスタンティオス
1834-1835Κωνστάντιος Β΄コンスタンディオス2世-コーンスタンティオス2世
1835-1840Γρηγόριος ΣΤ΄グリゴリオス6世グリゴリイ6世グレーゴリオス6世
1840-1841Άνθιμος Δ΄アンシモス4世アンフィミイ4世アンティモス4世
1841-1842Άνθιμος Ε΄アンシモス5世アンフィミイ5世アンティモス5世
1842-1845Γερμανός Δ΄ゲルマノス4世ゲルマン4世ゲルマノス4世
1845Μελέτιος Γ΄メレティオス3世メレティ3世メレティオス3世
1845-1848Άνθιμος ΣΤ΄アンシモス6世アンフィミイ6世アンティモス6世
1848-1852Άνθιμος Δ΄アンシモス4世(着座2回目)アンフィミイ4世アンティモス4世
1852-1853Γερμανός Δ΄ゲルマノス4世(着座2回目)ゲルマン4世ゲルマノス4世
1853-1855Άνθιμος ΣΤ΄アンシモス6世(着座2回目)アンフィミイ6世アンティモス6世
1855-1860Κύριλλος Ζ΄キリロス7世キリル7世キュリロス7世
1860-1863Ιωακείμ Β΄イオアキム2世[1]イオアキム2世イオーアケイム2世
1863-1866Σωφρόνιος Γ΄ソフロニオス3世ソフロニイ3世ソーフロニオス3世
1867-1871Γρηγόριος ΣΤ΄グリゴリオス6世(着座2回目)グリゴリイ6世グレーゴリオス6世
1871-1873Άνθιμος ΣΤ΄アンシモス6世(着座3回目)アンフィミイ6世アンティモス6世
1873-1878Ιωακείμ Β΄イオアキム2世(着座2回目)イオアキム2世イオーアケイム2世
1878-1884Ιωακείμ Γ΄ Μεγαλοπρεπήςイオアキム3世イオアキム3世イオーアケイム3世
1884-1886Ιωακείμ Δ΄イオアキム4世イオアキム4世イオーアケイム4世
1887-1891Διονύσιος Ε΄ディオニシオス5世ディオニシイ5世ディオニュシオス5世
1891-1894Νεόφυτος Η΄ネオフィトス8世ネオフィト8世ネオフュトス8世
1895-1897Άνθιμος Ζ΄アンシモス7世アンフィミイ7世アンティモス7世
1897-1901Κωνσταντίνος Ε΄コンスタンディノス5世コンスタンティン5世コーンスタンティノス5世
1901-1912Ιωακείμ Γ΄ Μεγαλοπρεπήςイオアキム3世(着座2回目)イオアキム3世イオーアケイム3世
1913-1918Γερμανός Ε΄ゲルマノス5世ゲルマン5世ゲルマノス5世
1921-1923Μελέτιος Δ΄メレティオス4世(メタクサキス)メレティ4世メレティオス4世
1923-1924Γρηγόριος Ζ΄グリゴリオス7世グリゴリイ7世グレーゴリオス7世
1924-1925Κωνσταντίνος ΣΤ΄コンスタンディノス6世コンスタンティン6世コーンスタンティノス6世
1925-1929Βασίλειος Γ΄ヴァシリオス3世ワシリイ3世バシレイオス3世
1929-1935Φώτιος Β΄フォティオス2世フォティ2世フォーティオス2世
1936-1946Βενιαμίνヴェニアミンベニアミンベニアミン
1946-1948Μάξιμος Ε΄マクシモス5世マクシム5世マクシモス5世
1948-1972Αθηναγόραςアシナゴラス-アテーナゴラス
1972-1991Δημήτριοςディミトリオス1世ディミトリイ1世デーメートリオス1世
1991-Βαρθολομαίοςヴァルソロメオス1世ワルフォロメイ1世バルトロマイオス1世

脚注

参考文献

  • 武岡武夫編『七十徒小伝』名古屋ハリストス正教会、1987年4月19日再刊 - 日本正教会での表記について人名一覧を参照
  • 正教会暦 2008年』日本ハリストス正教会教団 - 日本正教会での表記について聖人の表記を参照
  • 河底尚吾著『現代ギリシア語入門』泰流社(1988年10月30日第1刷)ISBN 9784884706548 - 現代ギリシア語転写について
  • 池田黎太郎著『古典ギリシア語入門』白水社(1998年12月5日発行)ISBN 4560006814 - 古典ギリシア語転写について

関連項目

外部リンク