コルビー・ラスムス

アメリカの野球選手 (1986 - )

コルビー・ライアン・ラスムスColby Ryan Rasmus, 1986年8月11日 - )は、アメリカ合衆国ジョージア州マスコギー郡コロンバス出身の元プロ野球選手外野手)。

コルビー・ラスムス
Colby Rasmus
ヒューストン・アストロズ時代
(2015年8月25日)
基本情報
国籍アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地ジョージア州マスコギー郡コロンバス
生年月日 (1986-08-11) 1986年8月11日(37歳)
身長
体重
6' 2" =約188 cm
200 lb =約90.7 kg
選手情報
投球・打席左投左打
ポジション外野手
プロ入り2005年 MLBドラフト1巡目
初出場2009年4月7日 ピッツバーグ・パイレーツ
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

弟のコーリー・ラスムスもプロ野球選手(投手)である。

経歴

プロ入りとカージナルス時代

2005年MLBドラフト1巡目(全体28位)でセントルイス・カージナルスから指名され、プロ入り。

2006年2007年と2年連続でカージナルス傘下の最優秀マイナー選手に選出され[1]ベースボール・アメリカ誌の有望株ランキングでは2007年から3年連続でカージナルス傘下で最高評価を受けた[2]

2007年シーズン終了後、カージナルスで中堅手を務めたジム・エドモンズサンディエゴ・パドレスへのトレード移籍はラスムスに出場機会を与えるためと言われたが、2008年は開幕をAAA級メンフィス・レッドバーズで迎えた[3]。結局、メジャーに昇格することなくシーズンを終えた。

2009年4月7日ピッツバーグ・パイレーツ戦でメジャーデビュー。4打数2安打を記録し、華々しいメジャーデビューを果たした。最終的には147試合に出場し、打率.251・16本塁打・52打点という成績を記録し、新人王投票では8位にランクインした[4]

2010年は、前年よりも3試合少ない144試合の出場で、打率.276・23本塁打・68打点・12盗塁を記録し、いずれの部門でも2009年を上回る数字をマークした。一方、出場試合数を超える148三振を喫するなど、三振の多さが目立った。しかし、その他得点・安打・二塁打・三塁打・四球・出塁率・長打率・OPSなどの部門でも前年より優れた数字を残した為、野球面では飛躍したシーズンとなった。しかし、シーズン開幕前にラスムスがチームのGMに対し、出場機会が十分に確保出来ないのであればトレードして欲しいと、自身のトレードを要求した[5]。また、以前よりコルビーの父親であるトニー・ラスムスが、マイナーリーグで好成績を残していた息子のコルビーがメジャーに昇格していない事に対し、球団批判を行っているという事実もあった[5]。実際にシーズンが開幕すると、一定の出場機会が与えられていた為、不満を述べなかったラスムスだったが[5]、後半戦に若手選手のジョン・ジェイに出番が与えられた事に伴って出場機会が減少し始めると、再びトレードを要求した[5]。コルビーがトレードを要求した時期は、チームが首位に躍り出て、チーム・ファンともに意気が向上していた時期だったので、このコルビーのトレード要求は大きく批判された[5]。また、アルバート・プホルスもこの行いを非難した。これについて友成那智は自著の中で、「チームリーダーのプホルスが怒りを爆発させ、『そういうことを公然と言うヤツには来年ここにいてほしくない。チームメートへの侮辱にもつながることだからね。ウチはヤンキースに次ぐ名門球団なんだ。下から上がってきて間もないヤツが、なぜそんなことを言うのか理解に苦しむよ。口を閉じて自分の技量を磨くのがあいつのやるべきことだ。やり方が間違っている』と批判し、大きなニュースになった」と著している[5]

ブルージェイズ時代

2011年7月27日に、オクタビオ・ドーテルエドウィン・ジャクソンマーク・ゼプチンスキーコーリー・パターソンとのトレードで、P.J.ウォルターズ英語版トレバー・ミラーブライアン・タレットと共にトロント・ブルージェイズへ移籍した[6]が、移籍後は打率.173と大スランプに陥った。2チームを合わせても打率.225と大失速した。

2012年は23本塁打、自己最多の75打点をマークしたが、2年連続で打率2割2分台となる打率.223に終わった[7]

2013年は118試合の出場にとどまり、メジャー昇格後では初めて規定打席に届かなかった。しかし、打撃は好調で自己2位となる打率.2757(自己最高は2010年の.2758)で、前年より150打席以上も減少しながら、22本塁打・66打点をマークした[7]

2014年1月17日にブルージェイズと700万ドルの1年契約を結んだ[8]。オフにFAとなった[6]

アストロズ時代

2015年1月21日ヒューストン・アストロズと1年契約を結んだ[9]。シーズン後半から活躍が目立ち、チームをプレーオフに導いた。10年ぶりのポストシーズン出場の初戦、ヤンキースとのワイルドカード ゲームでは田中将大から先制本塁打を放った。なお、レギュラーシーズンで放った25本塁打はキャリア最高の本数である。同年11月2日にFAとなった[6]が、12日にクオリファイング・オファーを受け入れ、年俸1580万ドルの1年契約を結んだ[10]

2016年左翼手の中心格として107試合に出場し、打率.206・15本塁打・54打点という成績を記録。打率の低空飛行に歯止めが掛からなかったが、通算150本塁打に到達した。守備面では、左翼手で87試合に出場し、無失策DRS +14を記録したが、レンジファクター(RF)は平均未満と今ひとつだった。中堅手(21試合)と右翼手(11試合)でも無失策・DRS +3を記録し、外野の全ポジションで無失策・DRS +20・さらに13補殺という成績を残した。オフの11月3日にFAとなった[6]

レイズ時代

2017年1月30日タンパベイ・レイズと年俸500万ドルと打席数に応じた最大200万ドルの出来高払いの1年契約を結んだ[11]。臀部の手術のため、4月1日に10日間の故障者リスト入りした。5月2日に復帰したが、6月18日デトロイト・タイガース戦を最後に欠場し、6月23日に左股関節腱炎で6月19日に遡って再び故障者リストに入った[6]7月13日、「野球から離れたい」との本人からの申し出によりレイズは制限リストに入れた。「レイズはコルビーの野球からの脱却を全面的に支持している。チームへの貢献に感謝し、彼と彼の家族が最善を尽くすことを願っている。コルビーと彼の家族のプライバシーを尊重し、レイズはこれ以上のコメントはしない。」とレイズは声明で述べた[12]。オフの11月2日にFAとなった[13]

オリオールズ時代

2018年2月21日ボルチモア・オリオールズとマイナー契約を結び、スプリングトレーニングに招待選手として参加することになった[14]3月29日にメジャー契約を結んで開幕25人枠入りした[15]7月3日には前年に続いて制限リスト入りした[16]。オフの10月29日にFAとなった[6]

詳細情報

年度別打撃成績

















































O
P
S
2009STL14752047472119222161935231523633955.251.307.407.714
20101445344648512828323231661282463911485.276.361.498.859
2011943863386183146111424052124520778.246.332.420.753
TOR351401331423100342130011500392.173.201.316.517
'11計1295264717510624614184535223502011610.225.298.391.688
2012151625565751262152322675432447571497.223.289.400.689
2013118458417571152612220966010137031354.276.338.501.839
201410437634645782111815540400029211241.225.287.448.735
2015HOU137485432671032322520561211347021546.238.314.475.789
201610741736938761001513154411443001215.206.286.355.641
2017TB37129121173471970231001720451.281.318.579.896
2018BAL184945561011010000301190.133.204.222.426
MLB:10年109241193704536891183211661614491351713223622318110644.241.310.436.745
  • 2018年度シーズン終了時

年度別守備成績



中堅(CF)左翼(LF)右翼(RF)




































2009STL124258351.981990001.00069010.900
2010134260150.981--
201192223430.987--
TOR3579031.963--
'11計127302461.981--
2012145304761.981--
2013114308141.987--
201487234310.996--
2015HOU4371211.9867280220.9764384522.978
201621331001.0008712211011.00011181011.000
2017TB110001.00023404011.0007130001.000
2018BAL10010.000430001.00011141011.000
MLB797177122295.9841952541722.99378138734.980
  • 2018年度シーズン終了時

獲得タイトル

記録

MiLB

背番号

  • 28(2009年 - 2018年)

脚注

関連項目

外部リンク

🔥 Top keywords: メインページ特別:検索上戸彩エドワード・S・モースXG (音楽グループ)石丸伸二秋葉原通り魔事件山田昌蓮舫木村カエラ椎名林檎井上愛一郎杉浦太陽ブルース・リー渡部峻アンチヒーロー (テレビドラマ)岡崎慎司高橋里華河合優実MY FIRST STORY無職転生 〜異世界行ったら本気だす〜クリストファー・コロンブス古畑任三郎黎智英赤間麻里子髙嶋政伸怪獣8号若葉竜也山本未來小川博Z-1 (アイドルグループ)稲葉浩志眞栄田郷敦天野鎮雄石川さゆり長谷川博己ノーマンズランド三上悠亜森内寛樹